西岸海洋性気候
西岸海洋性気候(せいがんかいようせいきこう、Oceanic climate)とはケッペンの気候区分における気候区のひとつであり、温帯に属する。記号はCfbとCfcであり、Cは温帯、fは湿潤(feucht)、b/cは(温帯の中で)夏の気温が低いことを示す。なお、温暖湿潤気候との差異は夏季における気温のみである。本来はヨーロッパ西岸において北大西洋海流の影響を受けて形成される気候であるが、定義上当てはまる地区が世界中に散在している(定義外の特徴については異なる点も多い)。[要出典]
概要
編集夏はさほど高温にならず、また冬は緯度の高さに対して気温が高い[2]。海洋からの偏西風の影響下にあるため、気温の年較差は小さい[3]。降水量の年較差も小さい[2]。
Cfbは温帯(多雨)夏冷涼気候または植生からブナ気候と呼ばれている。
対して、夏季短期かつ気温も上がらないCfcは月平均気温10°C以上に達する月が1年のうち3ヶ月もしくはそれ以下で、1年のうちで9ヶ月以上(最大なら11ヶ月)も冬季(寒候期)で占めており、温帯でも極めて冷涼なのが特徴であることから、極温帯気候と呼ばれることがある。また、1年のうちの大部分が冬季で占めている上、夏季短期かつ冷涼の条件が亜寒帯気候(Dfc・Dfd、亜寒帯北部の気候)の条件とよく似ていること、植生面でも亜寒帯気候との共通点も多いことから、海洋性亜寒帯気候、もしくは、海洋性亜北極気候と呼ばれることもある。
条件
編集- 最寒月平均気温が-3℃以上18℃未満。
- 最暖月平均気温が10℃以上22℃未満。
- 年平均降水量が乾燥限界以上かつ下記の条件を満たす。
- 最多雨月が夏にある場合は、最多雨月降水量≦10×最少雨月降水量
- 最多雨月が冬にある場合は、最多雨月降水量≦3×最少雨月降水量または最少雨月降水量が30mm以上
- 月平均気温10℃以上の月が4か月以上ならCfb、3か月以下ならCfcとなる。
分布地域
編集大陸西岸で緯度40° - 60°ほどの比較的高緯度の地域に分布する[3]。
ユーラシア大陸西部のほか、チリ南部、オーストラリア大陸南東部、ニュージーランド[4]、太平洋岸北西部(アメリカ合衆国オレゴン州、ワシントン州[5]、カナダ・ブリティッシュコロンビア州)の沿岸、アフリカ東部など。特にCfcはシェットランド諸島、アラスカ州南海岸やアイスランド南部、さらにはノルウェー北部の北極圏内、北緯70度近くにまで分布する。
大陸東岸においてもアメリカ合衆国のアパラチア高原地域で見られる[5]。ただし、これは周囲の平地が温暖湿潤気候で、高地にあって夏の気温が低いためにこのような気候になるものである(日本でも那須など、関東地方・中部地方の高原地帯にそのようなケースがみられる)。同様な要因で、熱帯地域の山岳部にもこの気候が現れる地域がある(周辺の平地は熱帯雨林気候である場合が多い。また本気候と境界部の一部にAfb(最暖月の平均気温が18℃以上22℃未満)となる地域が存在する)。また、南半球では、オーストラリア大陸の南東部やニュージーランドもこの気候である。これはオーストラリアが大陸としては小さいため、東岸においても大陸性気候の特徴がそれほど強く現れないためである。そのほか、後述の日本北部の一部地域のように、温暖湿潤気候から亜寒帯湿潤気候への移行部にもこの気候が分布する地域があるが、冬の寒さの厳しさなど、他の西岸海洋性気候の地域とは異なる面がある。
日本での分布地域
編集- 北海道の道南から道央にかけての一部沿岸地域や、本州北部の青森県や岩手県なども定義上はCfbに属する。南の温暖湿潤気候と、北の亜寒帯湿潤気候に挟まれた帯状に分布している[6]。
- しかしこれらの地域は気温や降水量の年較差が大きいこと、大陸の西岸ではないこと、さらには植生などからヨーロッパ西部の西岸海洋性気候とは趣を異にする。
- 日本の西岸海洋性気候に属する地域は夏季にやませの影響を受ける北日本太平洋側や、標高が高いためにCfaとはならない東日本以西の高原地帯が多く、Dfbや逆にCfaとの境界に近い地点も存在する。
- 高等学校の地図帳にかつて掲載されていた「日本におけるケッペンの気候区」によれば、西日本の紀伊山地、中国山地、四国山地、九州山地にもCfb(温帯多雨夏冷涼気候)の領域が分布している[7]。
- 過去に存在した山岳気象官署[注釈 1]である箱根山(標高940.2m)、比叡山(標高831.5m)、愛宕山(標高862.7m)、英彦山(標高1194.3m)、脊振山(標高1055.0m)も観測期間は短いがCfbに相当していた[8]。温泉岳(衣笠山、標高849.4m)も相当していたが、1977年3月に標高665.8m地点に移転した。
- 南九州では気温の年較差が比較的小さく、山岳地帯に過去に存在した霧島測候所(大浪池、標高1324m、廃止)では2月の平均気温が-1.6℃、7月の平均気温が18.6℃であった[8]。林野庁屋久島森林生態系保全センターの観測では、屋久島の淀川登山口(標高1380m)において1月・2月の平均気温は2℃前後、7月・8月の平均気温は19℃前後と、気温としては典型的な西岸海洋性気候の欧州大西洋沿岸の各都市に近い。しかし、屋久島淀川登山口の雨量は欧州各都市より一桁以上多く年間1万mm以上の雨量もしばしば観測されている[9]。
西岸海洋性気候に属する観測地点が存在するのは以下の市町村である。(かっこ書きはアメダスの設置点):
- 北海道
- えりも町(襟裳岬)標高63m - 最寒月の平均気温が-2.2℃であり、気候はDfbに限りなく近い
- 浦河町(浦河)標高36.7m - 最寒月の平均気温が-2.4℃であり、気候はDfbに限りなく近い
- 室蘭市(室蘭)標高39.9m - 最寒月の平均気温が-1.8℃であり、気候はDfbに近い
- 神恵内村(神恵内)標高50m - 最寒月の平均気温が-2.3℃であり、気候はDfbに限りなく近い
- 寿都町(寿都)標高33.4m - 最寒月の平均気温が-2.3℃であり、気候はDfbに近い
- せたな町(せたな)標高10m - 最寒月の平均気温が-1.9℃であり、気候はDfbに近い
- 函館市(川汲、高松[10])標高25m - 最寒月の平均気温が-2.1℃、-2.6℃であり、気候はDfbに近い
- 木古内町(木古内)標高6m - 最寒月の平均気温が-2.3℃、最暖月の平均気温が21.6℃であり、気候はDfb、Dfa、Cfaに近く各気候の境界部に位置する。また冬の積雪が多く特別豪雪地帯に指定されている
- 伊達市(伊達)標高3m - 最寒月の平均気温が-2.9℃であり、気候はDfbに極めて近い。最暖月の平均気温も21.7℃であり、気候はCfaにも比較的近い
- 八雲町(熊石)標高12m - 最寒月の平均気温が-2.0℃、最暖月の平均気温が21.9℃であり、木古内と同様に気候はDfb、Dfa、Cfaの境界部に位置し、特別豪雪地帯に指定されている
典型的な都市
編集Cfb
編集ロンドン | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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雨温図(説明) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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- アムステルダム(オランダ)
- ウィーン(オーストリア)
- ウェリントン(ニュージーランド)[13][14]
- カンポバッソ(イタリア)
- コペンハーゲン(デンマーク)
- サムスン (トルコ)
- サラエヴォ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
- ジュネーヴ(スイス)
- ヨーテボリ(スウェーデン)
- ブリュッセル(ベルギー)
- ダブリン(アイルランド)
- パリ(フランス)[13][14]
- ビルバオ(スペイン)
- ブダペスト(ハンガリー)
- プラハ(チェコ)
- ベルゲン(ノルウェー)[14]
- ベルリン(ドイツ)[14]
- 室蘭(日本)- Dfbとの境界部に位置する
- メルボルン(オーストラリア)[14]
- ロンドン(イギリス)[13][14]
- ワルシャワ(ポーランド)- Dfbとの境界部に位置する
- ボゴタ(コロンビア) - 低緯度であるが標高2640mの高原に位置するため熱帯にはならない
- バンクーバー(カナダ)
Cfc
編集レイキャヴィーク | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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雨温図(説明) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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- ウシュアイア(アルゼンチン) - 最暖月の平均気温が10.3℃、かつ10℃を上回るのが最暖月1ヶ月のみであり、気候はETに限りなく近く、ETに分類することもある。ただし気温の年較差が小さい、樹木が生育しているなど、典型的なETよりは本気候区の特徴のほうが強く表れている。また、最寒月の平均気温が1.6℃であり、亜寒帯にはならない[15]。
- ジュノー(アメリカ合衆国アラスカ州)最寒月の平均気温が-2.1℃であり、気候はDfcに近い[16]。Dfcに分類することもある。
- トースハウン(フェロー諸島)
- プエルト・ウィリアムズ(チリ)
- プンタ・アレーナス(チリ)
- レイキャヴィーク(アイスランド)
- ノールカップ(ノルウェー) - 北緯71度10分。最寒月の平均気温が-2.8℃であり、気候はDfcに限りなく近く、Dfcに分類することもある。また、最暖月の平均気温も11.7℃であり、ETにも近い[17]。なお、最も近い町であるホニングスヴォーグはETに限りなく近いDfcである[18]。
気候の特徴
編集夏は涼しく、冬も暖流(北大西洋海流など)と偏西風によって暖かい空気が送られているため大陸東岸よりは緯度の割に寒くない。
メルボルンなど乾燥帯に近い地域や、ヨーロッパでも地中海性気候との境界部では、夏は乾燥帯や低緯度側から熱風が吹き込むため日較差が大きく最高気温が40℃を超えることもあるが、冬は温和となる。これ以外の地域では、夏の暑さは厳しくなく過ごしやすい。
樹木の特徴
編集この気候は別名をブナ気候という。それはブナ、ニレ、オークなどの落葉広葉樹(夏緑林)や、高地・高緯度地域では針葉樹が生育しているためである。
日本では、西岸海洋性気候に分類される地域と、ブナの北限が近接している特徴がある[6][注釈 2][19](より正確には、ヨーロッパのブナは「ヨーロッパブナ」という日本のブナの近縁種である)。
土壌
編集褐色森林土という肥沃(ひよく)な土壌が分布している。
産業の特性
編集Cfb地帯ではあまり暑くならず過ごしやすい。夏には良質な牧草が育ちやすいことから畜産と農耕を組み合わせた混合農業や酪農がさかんである。
西ヨーロッパでは地形の影響で内陸までこの気候が及び、河川流量が一定で水上交通が古くから発達したことなどが産業や文化を発達させたともいわれている。欧米をはじめとする西洋文明はこの気候によって育まれたという面も大きい。
Cfcは冬こそ積雪が根雪にならないものの、月平均気温10℃以上の持続期間が3か月以下で農耕が困難なため牧羊などの畜産が中心となる。シェットランドシープドッグもこのような気象条件の中で北欧のシープドッグを交配させて生まれた。
脚注
編集註釈
編集出典
編集- ^ 福井(1973):96ページ、矢澤(1989):354ページ
- ^ a b 日下 2013, p. 179.
- ^ a b 柏木 2008, p. 26.
- ^ 日下 2013, pp. 179–180.
- ^ a b 原 2011, p. 15.
- ^ a b 東北地方北部から北海道地方におけるケッペンの気候区分の再検討 - 宮本昌幸 北海道地理学会『地理学論集』通巻84号(2009年7月号)
- ^ 日本におけるケッペンの気候区, 帝国書院(1999), p78.
- ^ a b 気象庁(1958)『山岳気候表:昭和14−23年(気象庁観測技術資料、第9号)』気象庁
- ^ 屋久島森林生態系保全センター, 雨量・気温モニタリング調査
- ^ 2003年 - 2020年までの18年間の準平年値。
- ^ 大井沢 平年値(年・月ごとの値) 主な要素 - 気象庁
- ^ 筑波山 年ごとの値 主な要素 - 気象庁
- ^ a b c 帝国書院編集部、2017、『新詳高等地図』、帝国書院 ISBN 978-4-8071-6208-6 平成29年度版
- ^ a b c d e f 二宮書店編集部、2017、『詳解現代地図』、二宮書店 ISBN 978-4-8176-0397-5 平成29年度版
- ^ Historical Weather for Ushuaia, Argentina. Weatherbase.com. 2022年1月27日閲覧.
- ^ Historical Weather for Juneau, Alaska, United States of America. Weatherbase.com. 2022年1月27日閲覧.
- ^ Historical Weather for Nordkapp, Norway. Weatherbase.com. 2022年1月27日閲覧.
- ^ Historical Weather for Honningsvag, Norway. Weatherbase.com. 2022年1月27日閲覧.
- ^ ブナ天然林北進最前線における分布拡大過程の解明 - 科学研究費助成事業データベース[出典無効]
参考文献
編集- 柏木良明 著「世界の気候区分」、高橋日出男・小泉武栄 編『自然地理学概論』朝倉書店、2008年、22-31頁。ISBN 978-4-254-16817-4。
- 日下博幸『学んでみると気候学はおもしろい』ベレ出版、2013年。ISBN 978-4-86064-362-1。
- 原芳生 著「自然環境・環境利用・環境問題」、矢ケ﨑典隆 編 編『アメリカ』朝倉書店〈世界地誌シリーズ〉、2011年、9-25頁。ISBN 978-4-254-16858-7。
- 福井英一郎『気候学概論』朝倉書店、昭和48年、256pp
- 矢澤大二『気候地域論考―その思潮と展開―』古今書院、1989年11月20日、738pp. ISBN 4-7722-1113-6
- 白浜睦男ほか 著、帝国書院編集部 編『新詳高等地図』帝国書院、1999年1月。