今 (瀬戸市)
地理
編集瀬戸川下流域に位置していた[1]。旧東春日井郡今村に由来する地域であり、現在の瀬戸市西部に位置する27町(西寺山町・孫田町・汗干町・北山町・南山町・今池町・市場町・西山町・西長根町・追分町・北脇町・川西町・川北町・田端町・平町・水無瀬町・見付町・城屋敷町・東山町・東長根町・東吉田町・東寺山町・西吉田町・效範町・共栄通・北浦町・川端町)にあたる[1]。
河川
編集この項の参考資料[2]
歴史
編集地名の由来
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沿革
編集- 室町時代から戦国時代にかけて、尾張国春日部郡今村として文献に名を残す[1]。
- 江戸時代には、尾張国春日井郡の尾張藩領水野代官所支配の今村となる[1]。
- 1880年(明治13年)2月5日 - 春日井郡が東西に分割され、東春日井郡今村となる[1][3]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 市制・町村制施行の際、今村と稲葉村・三郷村・美濃ノ池村が合併して八白村となり、八白村大字今となる[4][5]。
- 1906年(明治39年)7月16日 - 八白村が印場村・新居村と合併して旭村となり、旭村大字今となる[6][7]。
- 1925年(大正14年)8月25日 - 旭村大字今が瀬戸町に編入し、瀬戸町大字今となる[注釈 1][8][9]。
- 1929年(昭和4年)10月1日 - 瀬戸町が市制施行して瀬戸市になり、瀬戸市大字今となる[10][9]。
- 1943年(昭和18年)8月9日 - 瀬戸市大字今の一部が西寺山町・孫田町・汗干町・北山町・南山町・今池町・市場町・西山町・西長根町・追分町・北脇町・川西町・川北町・田端町・平町・水無瀬町・見付町・城屋敷町・東山町・東長根町・東吉田町・東寺山町・西吉田町・效範町・横山町となる[1][11]。
- 1952年(昭和27年)11月28日 - 瀬戸市大字今の一部が共栄通・北浦町・川端町となる[1][12]。
- 1954年(昭和29年) - 瀬戸市大字今の残部が共栄通に編入され廃止[1]。
施設
編集寺社
編集教育
編集鉄道
編集- 今村駅→水野駅
その他
編集1882年(明治15年)今村時代の字名は以下の通りであった[14]。
- 吉田(きつた)・内浦(うちうら)・中北(なかきた)・後田(うしろた)・寺山(てらやま)・市場(いちば)・長根(なかね)・原山(はらやま)・京保(きょうぼう)・樋口(ひくち)・川西(かわにし)・落(をち)・田端(たばた)・横山(よこやま)・浦山(うらやま)・平(ひら)・川北(かわきた)・北脇(きたわき)・孫田(まごた)・追分(をいわけ)
脚注
編集出典
編集- ^ a b c d e f g h i j k l 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 188.
- ^ “川名が語るふるさとの歴史 愛知の川名 庄内川水系 【瀬戸市・長久手市・尾張旭市・名古屋市守山区・春日井市】”. 愛知の川名 編集委員会. 2021年11月21日閲覧。
- ^ 東春日井郡 編 1923, p. 28.
- ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, pp. 188, 1355.
- ^ 東春日井郡 編 1923, p. 63.
- ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, pp. 89, 188, 1355.
- ^ 東春日井郡 編 1923, p. 66.
- ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, pp. 89, 188.
- ^ a b “市の沿革”. 瀬戸市 (2017年3月31日). 2021年11月21日閲覧。
- ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, pp. 188, 1294.
- ^ “西寺山町 - Setopedia”. 瀬戸市 (2016年11月28日). 2021年11月21日閲覧。
- ^ “共栄通 - Setopedia”. 瀬戸市 (2016年11月28日). 2021年11月21日閲覧。
- ^ 愛知県小中学校校長会 2018, p. 321.
- ^ 東春日井郡 編 1923, p. 105.
注釈
編集参考文献
編集- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年。ISBN 4-04-001230-5。
- 『六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌』愛知県小中学校校長会、2018年。
- 東春日井郡 編 編『東春日井郡誌』東春日井郡、1923年。