1966年のテレビ (日本)
1966年のテレビ(1966ねんのテレビ)では、1966年(昭和41年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。
できごと
編集- カラー放送の動き
この年から、全面カラー化に向けて放送業界の動きが活発になっていき、カラーテレビの普及に弾みがかかるようになる。
- カラー放送の全国整備が完成(奄美群島を除く)。
電電公社のテレビネット回線のカラー対応の高規格化整備が奄美地域を除く全国に於いて3月20日に完了し、これにより、全国のカラーテレビジョン放送のネット中継網が完成[1][2]。これを受け、国内の数多くの地方局で、カラー放送が相次いで開始された。NHKでは同日に、一部の離島を除き、総合及び教育テレビのカラー放送が全国で観れるようになり[3]、地方の民放局でもカラー放送未実施の局が、相次いでそれを開始した(「#既成局のカラー放送開始」の項を参照)。
- NHK・日本テレビがニュースのカラー放送開始。
10月、NHK総合テレビと日本テレビにおいてニュースのカラー放送が始まる。NHKでは国内だけでなく海外でもカラーフィルムを使った報道取材を開始した。
- TBSがカラー放送に本腰を入れ始める。
今までカラー放送に積極的でなかったTBSがこの年からそれを増加、7月から『土曜ロードショー』、『兼高かおる世界の旅』、『ウルトラマン』のカラーフィルムによる番組や、秋には、大きさ・重量共に今までのスタジオカラーカメラの約3分の1で、カラー撮影の色彩性能も非常に優れた、フィリップス社製の最新型プランビコン式カラーカメラ(型番:PC-60)を日本初導入、スタジオカラーカメラによる番組制作を本格的に開始する(後述)。
- 日本テレビ系列のNNN、フジテレビ系列のFNNの発足
民放のネットワークが、TBSをキー局とするJNNに続き、この年の4月に日本テレビ系・NNN、10月にフジテレビ系・FNNがそれぞれ発足した。
- 視聴率
TBSがこの年の年間視聴率で、ゴールデンタイム(19〜22時)において首位となる(1963年から4年連続)。また、NHKはこの年の年間視聴率で、全日帯(6〜24時)において首位となる(こちらも1963年から4年連続)。
- 1月
- 2日
- 3日 - 日本テレビが月 - 土曜18時台の編成をこの月から大幅に変更、それまで18時15分 - 18時45分に放送されていた箱番組枠を18時00分 - 18時30分に繰り上げ、18時00分 - 18時10分の帯番組を18時35分 - 18時45分に繰り下げ、そして18時10分 - 18時15分のミニ番組枠は18時30分 - 18時35分に移動し、ヤンマー一社提供の『ヤン坊マー坊天気予報』を、関東地区で初めて開始する。
- 23日 - NET(現・テレビ朝日)系で、ドラマ『氷点』開始。朝日新聞1000万円懸賞小説当選作。原作は三浦綾子。新珠三千代、芦田伸介、内藤洋子らが出演。殺人事件の犯罪者の娘を、娘を殺された被害者夫婦が養女として育てる「汝の敵を愛せ」は実践できるか、という衝撃的な内容にもかかわらず、娘の秘密が明らかになる最終回(4月17日)の視聴率は42.7%(ビデオリサーチ関東地区)を記録するほど人気に。
- 25日 - 日本テレビ、大相撲中継を初場所をもって中止。
- 31日 - NET系『ただいま正午 アフタヌーンショー』の司会に桂小金治を起用、『桂小金治アフタヌーンショー』としてリニューアル。小金治は持ち前のショーマンシップを発揮し「怒りの小金治」という異名をとる。また田村魚菜や浪越徳治郎らによるヒット企画も連発。劣勢だった番組を人気番組とした。
- 2月
- 5日 - 毎日放送・NET系で、赤塚不二夫原作によるギャグアニメ『おそ松くん』(チルドレンズ・コーナー制作、丸美屋食品工業一社提供)が放送開始。在阪準キー局が初めて制作に関わったテレビアニメでもあった( - 1967年3月25日)。
- 3月
- 20日
- 当時の電電公社(現在のNTT)のテレビネット回線のカラー対応の高規格化工事が完成(鹿児島-名瀬間を除く)。これにより、当時の日本全国のテレビ局で、ネット回線経由によるカラー放送が実施可能となる基盤が整備されるようになる。[1]
- 上記の出来事を受け、奄美群島等の一部離島地域を除き、NHKの総合テレビと教育テレビの全国カラー化整備が完了する[3][6]。更に今までカラー放送未実施だった地方民放局も、この日から始めた北海道の北海道放送テレビ、札幌テレビ放送(いずれも初めは札幌地域のみ)、広島県の中国放送テレビ、広島テレビ放送を皮切りに、相次いで開始する。(各局の開始状況については、「既成局のカラー放送開始」の項を参照)
- 赤旗(日本共産党の機関紙)が日本で初めてラテ欄を終面に掲載。以後、後追いが続き三大紙、地方紙の標準形態となる。
- 4月
- 1日
- 日本ニュースネットワーク(NNN - Nippon News Network)発足。
- 1964年より東京12チャンネル(現・テレビ東京)で放送されていた出光興産一社提供のクラシック音楽番組『題名のない音楽会』がNET系へ移行、放送開始(1968年より一時中断、1969年より再開、2024年現在も継続)。
- 4日
- 5日 - 日本テレビ・よみうりテレビ系『11PM』の金曜日の新司会者に、放送作家でジャズ評論家の大橋巨泉がこの日から就任した。「野球は巨人、司会は巨泉」のフレーズで巨泉が司会者として活動するきっかけとなり、1985年9月に降板するまで番組の顔として親しまれた。
- 7日、NHK総合で『ふるさとの歌まつり』開始。司会は宮田輝(NHKアナウンサー、当時)( - 1974年3月28日)。[10]
- 10日 - NHK総合で、 イギリスITC制作のカラー空想冒険人形劇『サンダーバード』を日本初放送( - 1967年4月2日)。[注 3][11]
- 17日 - NHK総合で放送されている「NHK競馬中継」が、この日に放送された「皐月賞」(中山競馬場)の中継から、カラー放送となる。[12][13]
- 5月
- 4日 - フジテレビ系で大川橋蔵主演の時代劇『銭形平次』放送開始。1984年4月4日まで18年、全888回にわたって続く長寿番組となった[14]。
- 15日 - 日本テレビ系、日曜夕方枠でカラー放送の演芸番組『笑点』放送開始。初代司会は立川談志が務め[注 4]、演芸コーナー、談志とゲストによる対談、大喜利の3部構成からなる(現在は演芸と大喜利の2部構成)。なお、当時の大喜利メンバーには、同番組開始から放送開始50周年を迎えた2016年5月22日まで50年の長きにわたってレギュラー出演を続けてきた桂歌丸(5代目司会者→終身名誉司会→永世名誉司会[注 5])をはじめ、5代目三遊亭圓楽(4代目司会者)、歌丸との罵倒合戦で人気を博した三遊亭金遊(→小圓遊)らがいた[15]。番組は2021年5月で放送55周年を迎え[16][17]、2900回を超え現在も継続中。
- 23日 - フジテレビ系で帯演芸番組『お茶の間寄席』放送開始( - 1969年9月30日)。
- 6月
- 7月
- 1日 - 日本テレビ系で、6月30日より3日間にわたり日本武道館で行われたザ・ビートルズ日本公演のこの日の昼の部の模様を中継録画した特別番組を21時から1時間にわたりカラー放送。視聴率56.5%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)を記録。
- 2日:TBS系、カラー劇映画『土曜ロードショー』スタート[4]。この頃から、TBS系列に於いてカラー番組が少しずつ増加していく。
- 4日 - フジテレビ系月曜19時30分枠で、日本初のカラー特撮ドラマ『マグマ大使』(手塚治虫原作、ピー・プロダクション制作)放送開始(全52回、 - 1967年6月26日)。
- 17日 - TBS系「タケダアワー」枠で、円谷プロ制作のカラー特撮ドラマ『ウルトラマン』放送開始(全39話、- 1967年4月9日)[注 2][4]。
- 9月
- 16日 - TBSがGスタジオに、オランダ・フィリップス社製の最新型プランビコン式カラーカメラ(型番:PC-60)4式を日本で初導入。それまでのカラーカメラに比べ、大きさ、重さ共に約3分の1となり、かつ美しい自然な画質と安定した性能を持ったのが功を奏し、これを契機に、同局がスタジオカラーカメラでの本格的な番組制作を開始する様になる。[18][19]
- 22日 - NHK総合、報道番組『海外取材番組』が、この日放送の『カナダ』(第1回「無限の大地」)から全面カラー化。海外報道取材番組の全面カラー化のはしりとなる。[20]
- 29日 - TBS系の視聴者参加型音楽番組『10人抜きのど自慢』が、4年の幕を降ろす[注 7]。
- 10月
- 1日 - NET系で、淀川長治の解説でおなじみの映画番組『土曜洋画劇場』放送開始(翌年4月より『日曜洋画劇場』と改題、2013年3月31日まで46年間毎週放送され[21]、2017年2月まで『日曜エンターテインメント』[注 8]枠の一企画として放送された)。
- 3日
- フジニュースネットワーク(FNN - Fuji News Network)発足。
- TBS系、前述のGスタジオでの最新型カラーカメラで制作した第1弾として、「ナショナル劇場 カラー・ミュージカル・バラエティー『トッポ・ジージョ・イン・ジャパン』」(カラーVTRで録画・再生)を、この日から3週連続に渡って放送。これを契機に、同局が本格的なスタジオカラー番組の制作を開始する。[18][19]
- フジテレビ系で平日8:15 - 8:55枠に子供番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』を開始。初代の「お姉さん」は渡辺直子(当時フジテレビアナウンサー)。その後「お姉さん」役などを変えながら、1982年3月31日まで続く長寿番組となる。また同日の7:00には、初の朝の情報番組『インフォメーションジョッキー 起きてますか』を設置するが、わずか半年で『(園井啓介)セブンショー』に変更となる。
- 9日 - 日本テレビ系で日立製作所一社提供[注 9]のカラー紀行ドキュメンタリー番組『日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行』放送開始。当初は日曜21時で、1974年4月より日曜22時に移動、そして1975年4月より日曜19時30分に移動し、1990年9月16日まで24年続く。
- 21日 - 山梨放送(YBS)の現本社・演奏所である山梨文化会館[注 10]が甲府市北口に完成し移転・稼働開始。
- 25日 - NHK総合テレビのニュース番組としては初めて、夜7時のニュースがカラー化。これにともない、東京を始めとする一部地域で、カラーフィルムによる報道取材を開始。但し、カラー化していない多くの地方の報道取材フィルムはそのままモノクロで放送。[22]
- 29日 - 4月のNNN発足にともない、日本テレビ月 - 土の昼の報道番組『日本テレニュース』と『婦人ニュース』が終了。代わって31日から、民放初のカラー映像による30分のニュース報道番組『NNNワイドニュース』が開始(但し、カラー取材でないニュース素材(主に地方局)は、モノクロの素材をそのまま放送)[23][24]。
- 11月
- 12月
- 5日 - NET系で日本初の少女アニメ『魔法使いサリー』(横山光輝原作、東映動画(現:東映アニメーション)制作)放送開始( - 1968年12月30日)。なお開始当初はモノクロだったが、1967年4月からはカラーとなった。
- 24日 - TBS系で『第8回日本レコード大賞』の模様を生中継。大賞は橋幸夫の「霧氷」。
- 31日
- フジテレビ系で1963年1月1日より放映された国産30分テレビアニメシリーズ第1号[注 11]『鉄腕アトム』が最終回を迎え、4年にわたる放映を終了。
- 『第17回NHK紅白歌合戦』放送。視聴率74.0%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。
- フジテレビを除く民放各局が『ゆく年くる年』(服部時計店(現・セイコーホールディングス)一社提供)を放送する一方[注 12]、フジテレビは朝のワイドショー『小川宏ショー』を史上唯一の夜の放送、それも年越し番組として放送。
既成局のカラー放送開始
編集視聴率
編集(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)
- 第17回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)74.0%
- プロボクシング・世界バンタム級タイトルマッチ「ファイティング原田×エデル・ジョフレ」(フジテレビ、5月31日)63.7%
- ザ・ビートルズ日本公演(日本テレビ、7月1日)56.5%
- 連続テレビ小説 おはなはん(NHK総合、9月19日)56.4%
- ニュース(NHK総合、12月31日 21:00-21:05)55.9%
- プロボクシング・世界フライ級王座決定戦「ホラシオ・アカバロ×高山勝義」(フジテレビ、3月1日)50.7%
- てなもんや三度笠(TBS、10月2日)49.4%
- ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)47.9%
- スタジオ102(NHK総合、2月5日 7:30-8:00)47.4%
- ニュース(NHK総合、2月5日 8:00-8:15)46.7%
- ニュース(NHK総合、4月26日 7:00-7:15)46.2%
- スター千一夜「王貞治・小八重恭子」(フジテレビ、12月2日)45.9%
- 統一スト現場中継(NHK総合、4月26日 7:15-7:35)45.5%
- ザ・ガードマン(TBS、9月23日)44.7%
- カメラリポート(NHK総合、6月28日)44.4%
- そっくりショー(日本テレビ、2月8日)43.9%
- 氷点(NETテレビ、4月17日)42.7%
- 三菱ダイヤモンドアワー・プロレスリング(日本テレビ、5月13日)41.9%
テレビ番組
編集テレビドラマ
編集- NHK
- 日本テレビ
- バッチリ横丁(主演:玉川良一)
- おにぎり(主演:淡島千景)[34]
- 嫌い!好き!!(主演:岸田今日子、加賀まりこ、吉村実子)
- 特ダネ記者
- これが青春だ(主演:竜雷太)
- 青い山脈(出演:加賀まりこ、関口宏 他)
- クレイジーのアメリカ珍道中 ニセ者は奴だ!(主演:ハナ肇とクレージーキャッツ)[35]
- TBS
- フジテレビ
- NETテレビ
映画番組
編集- 土曜洋画劇場(NETテレビ)
- 火曜映画劇場(フジテレビ)
- 日曜映画劇場→火曜映画劇場(NETテレビ)
子供向けドラマ
編集- 日本テレビ
- TBS
- チャコちゃん(主演:四方晴美)
- とってもシアワセ
- 新吾十番勝負
- てんてこ漫遊記(朝日放送制作。主演:茶川一郎)
- やじきた志ん幹線(主演:古今亭志ん朝、谷幹一)
- わんぱく砦(朝日放送制作。主演:佐藤正三郎)
- フジテレビ
- NETテレビ
特撮番組
編集- ウルトラQ(TBS) - 『第1期ウルトラシリーズ』第1作。
- 丸出だめ夫(日本テレビ)
- 忍者ハットリくん(NETテレビ)
- マグマ大使(カラー)(フジテレビ)
- ウルトラマン(カラー)(TBS)
- 悪魔くん(NETテレビ)
- 快獣ブースカ(日本テレビ)
- サンダーバード(カラー)(NHK総合)- 英ITC制作[11][40]
- バットマン (テレビドラマ)(カラー)(フジテレビ)- 海外作品[40]
- 宇宙家族ロビンソン(TBS)- 海外作品
- 空想科学映画 ウルトラゾーン(日本テレビ) - 海外作品
テレビアニメ
編集- おそ松くん(毎日放送・NETテレビ)
- レインボー戦隊ロビン(NETテレビ)
- 海賊王子(NETテレビ)
- ハリスの旋風(フジテレビ)
- 遊星仮面(フジテレビ)
- ものしり大学 明日のカレンダー(毎日放送)
- ロボタン(フジテレビ)
- ジャングル大帝 進めレオ!(カラー)(フジテレビ)改題
- がんばれ!マリンキッド(TBS)
- とびだせ!バッチリ(日本テレビ)
- 魔法使いサリー(NETテレビ)
- 世界の王者キングコング大会(NETテレビ)- 12月31日
バラエティ番組
編集- 気まぐれ百年(日本テレビ) - 4回で打ち切り。
- 紅白なんでも合戦(日本テレビ)
- ジンタカ・パンチ!(TBS)
- 今週の花嫁花婿(朝日放送、TBS)
- まんがシンチョー(フジテレビ)
- びっくりショー(フジテレビ)
- どんなもんだショー(毎日放送)
演芸番組
編集- 笑点(カラー)(日本テレビ)
- お笑いカラー寄席(カラー)(日本テレビ)[41]
- 大爆笑→お笑いサンデー寄席(カラー)(日本テレビ)[41][42]
- シャボン玉寄席(朝日放送)
- お茶の間寄席(フジテレビ)
- しろうと寄席(フジテレビ)
クイズ番組
編集- クイズアワー(カラー)(NHK総合)- 今までの『私の秘密』と『ジェスチャー』を集約した番組[9]
- こんばんは親子です(日本テレビ)
- 渡辺ロケットショー 明星スター十番勝負(カラー)(日本テレビ)[38]
- まんが海賊クイズ(NETテレビ)
音楽番組
編集- アンディ・ウィリアムズ・ショー(カラー)(NHK総合)[43]
- 夢をあなたに(カラー)(NHK総合)[43]
- ふるさとの歌まつり(NHK総合)[10]
- スターハイライトショー(カラー)(日本テレビ)[44]
- サマー・フォーク・フェスティバル(日本テレビ)
- 吉永小百合ショー(カラー)(日本テレビ)[41]
- 日立ミュージックプレゼント 詩の灯(カラー)(日本テレビ)[45]
- プラチナアワー 明星ゴールデンショー→プラチナゴールデンショー(いずれもカラー)(日本テレビ)[41]
- あなた出番です!(カラー)(日本テレビ)[41]
- ビクター歌うバラエティ(5月6日放送開始。10月28日から隔週でカラー化[46])(TBS)
- ヤマハヤングジャンボリー(5月28日放送開始。11月5日から隔週でカラー化[47])(TBS)
- カラー・ミュージカル・バラエティー「トッポ・ジージョ・イン・ジャパン」(カラー)(TBS)- TBS初の本格的なスタジオカラー制作番組。[18][19]
- テイチク歌のビッグショー(フジテレビ)
- 渡辺 歌のゴールデンショー(フジテレビ)
- 花形歌手東西歌合戦(フジテレビ)
- フォークソング合戦(フジテレビ)
- スターヒットショー(フジテレビ)
- 加山雄三アワー(フジテレビ)
- 勝抜きのど自慢→100万円勝抜きのど自慢(フジテレビ)
- 全国対抗歌合戦(朝日放送、TBS)
- 題名のない音楽会(NETテレビ)放送局移籍、改題
- みんなでみんなで歌謡ショー(NETテレビ)
- どんぐり音楽会(中部日本放送)
トーク番組
編集- ふたりで話そう 幹事長・書記長(NETテレビ)
報道・情報・ワイドショー番組
編集- こんにちは奥さん(NHK総合)[8]
- NNNワイドニュース(カラー)(日本テレビ)
- 2時ですこんにちは(日本テレビ・読売テレビ) - 日本初の14時台ワイドショー。
- インフォメーションジョッキー 起きてますか(フジテレビ) - フジテレビ初の平日7時台ワイドショー。
- 土曜ショー 午後をあなたに(NETテレビ)
- ウィークエンドモーニングショー(毎日放送)
芸能番組
編集教養・ドキュメンタリー番組
編集- 四つの目(NHK総合)[49]
- くまのこバンブ(カラー)(NHK教育)[50]
- なにしてあそぼう(カラー)(NHK教育)[50]
- なかよしリズム(カラー)(NHK教育)[50][51]
- よくみよう(カラー)(NHK教育)[50]
- いってみたいな(カラー)(NHK教育)[50]
- わたしたちの学級活動(NHK教育)
- わんぱく問答(日本テレビ)
- 日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行(カラー)(日本テレビ)[41]
- おーい!チロリン村だよ(フジテレビ)
- ママとあそぼう!ピンポンパン(フジテレビ)
- ちびっこトリオクイズ(フジテレビ)
特別番組
編集- 天皇誕生日特集『天皇の博物誌』(カラー)(NHK総合) - 4月29日[52]
- ザ・ビートルズ日本公演(カラー)(日本テレビ) - 7月1日
- ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生(TBS) - 7月10日
- 第8回日本レコード大賞(TBS) - 12月24日
- 第17回NHK紅白歌合戦(カラー)(NHK総合) - 12月31日
既存番組のカラー化
編集- 選抜高等学校野球大会(NHK総合) - この年(3月26日の開会式より)からカラー化[12]
- きょうの料理(NHK総合) - 東京(放送センター)制作分については4月4日から(大阪制作分については翌年1月から)[53]。
- 自然のアルバム(NHK総合)- 1966年度の放送(4月10日~翌年4月2日)は、全51回の内12回がカラー放送[注 15][54]。
- NHK競馬中継(NHK総合) - 4月17日(この日は「皐月賞」の中継)より[12][13]
- 兼高かおる世界の旅(TBS) - 7月10日〜8月28日(「夏休みカラープレゼント」)、9月4日(第15次取材ハイライト)、10月2日(「インディ500マイルレース」)がカラーで放送される。
- 海外取材番組(NHK総合) - 9月22日(「カナダ」第1回「無限の大地」)から毎回[20]
- NHK(夜)7時のニュース(NHK総合) - 10月25日から(スタジオとカラーフィルムによる報道取材のみ)[22]
- NHK特派員だより(NHK総合) - 11月27日から随時[55][56](翌年7月2日から毎回カラー放送[57])
- NHK特派員報告(NHK総合) - 12月20日から(一部回を除く)[58][59]
参考文献
編集- 日本放送協会 編『NHK年鑑'66』日本放送出版協会、1966年9月30日 。[60]
- 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年9月10日 。[61]
- 日本放送協会 編『放送五十年史』日本放送出版協会、1977年3月10日 。
- 日本放送協会 編『放送五十年史 資料編』日本放送出版協会、1977年3月10日 。
- NHK 編『放送の五十年 昭和とともに』日本放送出版協会、1977年3月30日 。
- NHKアーカイブスカタログ―テレビ番組放送記録+番組小史 1953〜2008
- テレビドラマデータベース詳細検索
など
脚注
編集注釈
編集- ^ このうち『あけてくれ!』は放送されなかったが、1967年12月24日に再放送で第28話として初放送された。
- ^ a b なお『ウルトラQ』終了翌週ならびに『ウルトラマン』開始前となる7月10日には緊急特別番組として『ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生』(モノクロ)が放送された(杉並公会堂で公開収録)。
- ^ NHK放映終了後もなお人気を誇り、その後もTBSやテレビ東京などで放送され、2000年代にはNHK教育(現・Eテレ)でも放送された。
- ^ 以後、前田武彦→三波伸介→五代目三遊亭圓楽→桂歌丸→春風亭昇太と交代、現在に至る。
- ^ 現在『笑点』の開始5分前に放送されているミニ番組『もう笑点』で、死去前日の2018年7月1日放送分まで出演した。なお、没後に生前の功績を称え「永世名誉司会」の称号を与えた。
- ^ 2018年4月1日の放送持株会社制移行で朝日放送グループホールディングスとなり、テレビ放送事業は現在の朝日放送テレビに承継された。
- ^ 当初から参天製薬の一社提供で『(大学→サンテ)10人抜きのど自慢』だったが、この年の4月から松下電器産業(現・パナソニック)にスポンサーが交代し『ナショナル10人抜きのど自慢』となった。
- ^ 現在の『日曜プライム』枠。
- ^ 日立グループが提供を参加するのは放送開始から6年半後の1973年4月から。
- ^ 同局ならびに山梨日日新聞社を中心とする山日YBSグループの本社ビル(設計は丹下健三)。
- ^ テレビアニメとしてはそれ以前に『もぐらのアバンチュール』『新しい動画 3つのはなし』『インスタントヒストリー』『おとぎマンガカレンダー』などが放映されている。
- ^ フジテレビ系は1971年より『ゆく年くる年』に参加。ちなみに当時、フジテレビの時報スポンサーはリズム時計工業(CITIZENブランド)だった。
- ^ 札幌地域のみでの開始。道内の全局カラー化の完成は、翌年の12月21日。
- ^ 札幌地域のみでの開始。道内の全局カラー化の完成は、1968年。
- ^ 5月1日放送「南アルプスの雪どけ」、5月15日放送「ウミネコの生態」を始め計12回。
出典
編集- ^ a b 日本放送協会総合技術研究所『五十年史』(1981.03) 102ページ (渋沢社史データベース)(2023年6月29日閲覧)
- ^ 「NHK大河ドラマ大全 50作品徹底ガイド」(NHK出版、2011年)81頁。
- ^ a b c 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'66』日本放送出版協会、1966年、50頁。
- ^ a b c 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、337頁。
- ^ 1966(昭和41)年1月2日 初の怪獣番組「ウルトラQ」スタート - 毎日.jp ニュースボックス、2012年3月1日閲覧[リンク切れ]
- ^ a b 日本放送協会総合技術研究所『五十年史』(1981.03) 95ページ (渋沢社史データベース)(2023年6月29日閲覧)
- ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、132頁。
- ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、120頁。
- ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、131頁。
- ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、145頁。
- ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、112頁。
- ^ a b c 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、103頁。
- ^ a b 朝日新聞 1966年4月17日 朝刊P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ 1966(昭和41)年5月4日 フジテレビで「銭形平次」が放送開始 - 毎日.jp ニュースボックス、2012年3月2日閲覧[リンク切れ]
- ^ 1966(昭和41)年5月15日 「笑点」スタート - 毎日.jp ニュースボックス、2011年11月23日閲覧[リンク切れ]
- ^ 林家木久扇、笑点放送55周年記念展「瞬きしていたら55周年」 サンケイスポーツ、2021年4月8日
- ^ 新宿高島屋で「笑点」55周年特別記念展、実際に使われた小道具など展示 お笑いナタリー、2021年2月24日
- ^ a b c 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、254頁。
- ^ a b c 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、338頁。
- ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、92~4頁。
- ^ “テレビ朝日:「日曜洋画劇場」を名称変更しリニューアル 洋画苦戦で大型ドラマなど投入へ”. まんたんウェブ (毎日新聞デジタル). (2013年3月6日)
- ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、9,34頁。
- ^ 日本テレビ50年史編集室(編集)『テレビ夢50年 番組編2 1961〜1970』2004年、22頁。
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- ^ a b 九州朝日放送三十年史 160頁 九州朝日放送編
- ^ 「青森放送二十五年史」245頁『第五章 ラ・テ兼営時代』から。
- ^ IBC小史(IBC岩手放送)(2023年6月30日閲覧)
- ^ 会社概要 沿革(秋田放送)(2023年6月29日閲覧)
- ^ 『福島民友』1966年9月29日付朝刊、7面。
- ^ 『熊本放送50年史』p.56
- ^ 朝日新聞 1966年12月15日 名古屋版朝刊 P.9 テレビ欄 番組表 及び 記事「名古屋テレビ カラー放送開始記念」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 日本テレビ最後のハウス食品一社提供番組。
- ^ 7月16日に『日産スター劇場』で放送。 アメリカ合衆国ロケ作品。
- ^ 日本初放映から38年後の2004年に、当時と同じTBSで日本オリジナルのリメイク版が放映された。
- ^ 1984年4月まで18年にわたり放送され、大川版終了後も、同じくフジテレビで北大路欣也主演で数回制作されている(これ以外にも、大川版終了から3年後の1987年には日本テレビで風間杜夫主演で制作された。また2004年にはテレビ朝日で村上弘明主演で制作された)。
- ^ a b 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、466~7頁。NDLJP:11954641/249。
- ^ 朝日新聞 1966年6月6日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ a b 朝日新聞 1966年4月10日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ a b c d e f 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、468~9頁。NDLJP:11954641/250。
- ^ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、470~1頁。NDLJP:11954641/251。
- ^ a b 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、146頁。
- ^ 朝日新聞 1966年4月6日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ 朝日新聞 1966年5月15日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ 1966年10月28日 朝日新聞朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ 1966年11月5日 朝日新聞朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、129頁。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、111頁。
- ^ a b c d e 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、110頁。
- ^ 朝日新聞 1966年4月8日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、78, 127頁。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、120頁。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、119頁。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、89~90頁。
- ^ 朝日新聞 1966年11月27日 朝刊9ページ テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、94頁。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、89~90頁。
- ^ 朝日新聞 1966年12月20日 朝刊9ページ テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ^ NHK nenkan - Google Books
- ^ NHK nenkan - Google Books