アウストロラプトル(学名:Austroraptor)は、後期白亜紀アルゼンチンに生息していたドロマエオサウルス科に属する獣脚類恐竜の属。体躯は中型であり、二足歩行の動物食性動物であった[1]。既知のドロマエオサウルス科恐竜の中では大型の部類であり、アウストロラプトルに匹敵するか上回る属はアキロバトルダコタラプトルユタラプトルのみである。

アウストロラプトル
生息年代: 中生代白亜紀後期, 72.4–66 Ma
カナダ、ロイヤルオンタリオ博物館に展示される復元骨格
地質時代
後期白亜紀
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 竜盤目
亜目 : 獣脚亜目 Theropoda
階級なし : テタヌラ類 Tetanurae
階級なし : コエルロサウルス類 Coelurosauria
階級なし : デイノニコサウルス類 Deinonychosauria
: ドロマエオサウルス科 Dromaeosauridae
亜科 : ウネンラギア亜科 Unenlagiinae
: アウストロラプトル属 Austroraptor
学名
Austroraptor
Novas et al.2008

発見と命名

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ホロタイプ標本の保存された骨を示す骨格図

アウストロラプトルのタイプ標本 MML-195 はアルゼンチンネグロ川アレン累層英語版のBajo de Santa Rosa産地で発見され、2002年に古生物学者フェルナンド・ノバス英語版のチームが収集した。標本は頭骨の大部分が保存された部分的な骨格からなる。クリーニングなどの作業はMarcelo Pablo Isasi と Santiago Reuil が行った[1]。2008年にはノバスらによりタイプ種 Austroraptor cabazai が記載・命名された。属名はラテン語の"auster"と"raptor"を合わせて「南の泥棒」を意味し、種小名は標本の研究の一部が行われた研究施設の設立者 Tito Cabaza への献名である[1]

2012年、フィリップ・J・カリーと Ariana Paulina-Carabajal は第二の標本MML-220を本種に割り当てた。第二の標本は、ホロタイプ標本よりも小型の、頭骨の備わった成体であり、主に前腕・手・足といった要素でホロタイプ標本を補完している[2]

特徴

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アウストロラプトルの生態復元

ホロタイプ標本MML-195は頭骨・下顎・少数の頸椎と胴椎・複数の肋骨・上腕骨・両脚の様々な骨からなる断片的な骨格で、南半球で発見されたドロマエオサウルス科の中で最大である。ノバスらは全長を5メートルと推定した[1]。後にグレゴリー・ポールは全長6メートル、体重300キログラムとの推定値を発表した[3]。しかし、トーマス・R・ホルツ・ジュニア英語版ライオンと同程度の91 - 227キログラムと推定した[4]。頭骨は他のドロマエオサウルス科恐竜と比較して上下に低くかつ前後に長く、長さは80センチメートルに達する。円錐形かつ鋸歯状構造のないアウストロラプトルの歯は、ノバスらにより同じく表面のエナメル質が溝状になっているスピノサウルス科の歯と対比もされた[1]。またアウストロラプトルは涙骨の降下的突起が前方に大きく湾曲している点がアダサウルスと共通する[5]。アウストロラプトルの趾骨の形態は特徴的であり、不釣り合いな大きさになっている。第IV中節骨は幅が第II中節骨の2倍以上で、ドロマエオサウルス科の同程度の大きさの属種に基づいて推定される大きさの3倍近くに達する。このことからホロタイプ標本が別の動物の骨が混ざったキメラ化石であると考える研究者もいるが、ドロマエオサウルス科に当てはめることに不確実性がないためキメラ化石と断定することはできない[5]

アウストロラプトルの頭骨には、より小型のトロオドン科恐竜との類似点も見られる。アウストロラプトルは前肢が短く、上腕骨は大腿骨の長さの半分以下である。同様に前肢が縮退したドロマエオサウルス科にはティアンユラプトルチェンユアンロングマハーカーラがいる[1][5]。体サイズに対する前肢の相対的な短さはティラノサウルスにも似るが、ティラノサウルスと近縁な系統ではない[6]

区別する特徴

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側方から見た組み立て済み骨格

発見されている骨は少ないが、他のドロマエオサウルス科恐竜とアウストロラプトルを区別する解析結果を得るには十分であった。アウストロラプトルは前肢が相対的に短いことが特筆すべき点であり、他の多くのドロマエオサウルス科恐竜よりもプロポーションとして短くなっている。Novas et al. 2008 によると、アウストロラプトルは以下の特徴で判断される[1]

  • 涙骨は含気化が進んでおり、降下的突起が吻部側に大きく湾曲している。尾側突起は眼窩上で水平に広がる。
  • 前頭骨との関節部に後眼窩骨の背側正中突起がない。鱗状骨突起が極度に縮小している。
  • 上顎骨歯と歯骨歯が小さく、円錐形で、鋸歯状構造がなく、溝が走っている。
  • 上腕骨が短く、大腿骨の約46%の長さである。
  • 足の第II中節骨が横方向に狭く、極端に頑強な第IV中節骨と対照的である。

2012年には、第IV趾骨が特に太いわけではないことが第二の標本から示された。第II趾骨とされていた骨は実際には第I趾骨だったのである[2]

分類

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3がアウストロラプトルの復元図。他のドロマエオサウルス科恐竜も描かれている。

記載者によるホロタイプ標本の系統解析では、アウストロラプトルはドロマエオサウルス科のウネンラギア亜科に位置付けられた。これは頭骨と歯に観察された特徴や標本の椎骨要素の埋まっていた層の地質学的特徴に基づいている。同研究ではアウストロラプトルは同じくウネンラギア亜科のドロマエオサウルス科恐竜ブイトレラプトルに近縁であるとされた。ブイトレラプトルとアウストロラプトルは頸椎の派生的特徴が共通している[1]

以下のクラドグラムは2012年の系統解析に基づくもので、アウストロラプトルと他のウネンラギア亜科の系統関係を示している[5]

ウネンラギア亜科

ラホナビス

ブイトレラプトル

アウストロラプトル

ウネンラギア

 
他のウネンラギア亜科の属とアウストロラプトルの比較

Cau et al. 2017 ではハルシュカラプトルが記載され、ドロマエオサウルス科の系統解析も新たに発表された[7]

ウネンラギア亜科

アウストロラプトル

ブイトレラプトル

ウネンラギア・コマフエンシス

ウネンラギア・ペイネミリ

ネウケンラプトル

2019年にはヘスペロルニトイデスが記載され、新属を内包するため多くの原鳥類のグループが調査された。同研究ではアウストロラプトルはウネンラギア亜科のより基盤的な属に位置付けられた[8]

ウネンラギア亜科

アウストロラプトル

ブイトレラプトル

ピロラプトル

パンパラプトル英語版

ラホナビス

オルニトデスムス

ダコタラプトル

ウネンラギア

古生物学

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魚を捕らえるアウストロラプトル

ウネンラギア亜科は他のドロマエオサウルス科恐竜と比較して走行と追跡の能力に長けていたと提唱されている。ローラシア大陸のドロマエオサウルス科恐竜(真ドロマエオサウルス類)は頑強な体格でかつ脚が短いことから活発な捕食動物としての生態であったと推測されている一方、ウネンラギア亜科は華奢な体型ゆえに長時間高速走行を維持できた可能性が高い。ウネンラギア亜科は中足骨ミクロラプトル類英語版のように変化しており、比較的薄く長くなっている。これらの適応に基づくと、ウネンラギア亜科は具体的な獲物こそ不明であるものの、小型の素早い動物を捕食していた可能性が高い。ブイトレラプトルにも同様の特徴が見られ、同様の仮の手法を採っていたと考えられる[9]

ブイトレラプトルのモデルからは、彼らが獲物を追って長距離を移動して狩りを行っていたことが提唱されており、ウネンラギア亜科の様々な属に長い脚が共通していることの説明になりうる。ブイトレラプトルは長い前肢と手が特徴であり、獲物の確保拘束に前肢を、殺傷に後肢の鉤爪を役立てていた可能性が高い。歯に肉を切り裂く鋸歯状構造がないことからおそらくブイトレラプトルは獲物を丸呑みにしていたと見られ、歯は単に獲物を確保する機能しかなかったと推測されている[9]。より大型のアウストロラプトルにも同じモデルが提唱されているが、以下に示す例外もある[9]

  • 相対的に前肢が小さいため、獲物を抑えることができなかった。
  • 歯が円錐形かつおそらく強力で、より大型の獲物の狩りに用いることができうる。

アウストロラプトルの歯は円錐形でかつ小歯状突起がなく、スピノサウルス科のものに類似する[1]。また、アークトメタターサルに近い構造を持つことと、ブイトレラプトルと同様に後肢が長いことから、アウストロラプトルは走行に適した能力が発達していた可能性が高い[9]

古生態

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ホロタイプ標本は後期白亜紀カンパニアン - マーストリヒチアン階の陸成層から産出した[1]トーマス・R・ホルツ・ジュニア英語版はアウストロラプトルの生息年代を7800万年前から6600万年前と推定した[4]。アウストロラプトルが産出したアレン累層からは他にも多様な恐竜と初期の哺乳類が産出している[10]。アウストロラプトルが発見されたことによりウネンラギア亜科の生態学的・形態学的多様性の理解は深まることとなった。ウネンラギア亜科には前肢の短い大型の属と前肢の長い小型の属がいたことが示され、カルカロドントサウルス科が衰退した後に後期白亜紀の終わりごろに大型のコエルロサウルス類が支配的になったことが示唆されている[1]。本属はゴンドワナ大陸のドロマエオサウルス科としては最も初期の化石証拠を提示しており、キルメサウルスなどアベリサウルス科に属する大型捕食動物のニッチを継いだことが支持されている[1]

ペレグリニーサウルス英語版の記載の際、当該地域の内陸部にティタノサウルス類獣脚類が、沿岸部の低地にハドロサウルス科とティタノサウルス類のアエオロサウルスが生息していたと提唱された[11]。ティタノサウルス類の多様性が高いことは、幅広い植物食恐竜を支えられるだけの環境がアレン累層に存在したことを示唆する[12]。同時期の動物相にはティタノサウルス類のラプラタサウルス英語版ロカサウルスサルタサウルス鳥類リメナヴィス英語版[10]ハドロサウルス科ボナパルテサウルスラパンパサウルスがいた[13][14]

アレン累層英語版の同時代の動物相。アウストロラプトルは左青色。

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l Novas, F. E.; Pol, D.; Canale, J. I.; Porfiri, J. D.; Calvo, J. O. (2008). “A bizarre Cretaceous theropod dinosaur from Patagonia and the evolution of Gondwanan dromaeosaurids”. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 276 (1659): 1101–7. doi:10.1098/rspb.2008.1554. ISSN 1471-2954. PMC 2679073. PMID 19129109. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2679073/. 
  2. ^ a b Currie, P.; Carabajal, A. P. (2012). “A New Specimen of Austroraptor cabazai Novas, Pol, Canale, Porfiri and Calvo, 2008 (Dinosauria, Theropoda, Unenlagiidae) from the Latest Cretaceous (Maastrichtian) of Río Negro, Argentina”. Ameghiniana 49 (4): 662–667. doi:10.5710/AMGH.30.8.2012.574. hdl:11336/9090. https://www.researchgate.net/publication/249992730. 
  3. ^ Paul, G. S. (2010). The Princeton Field Guide to Dinosaurs. Princeton University Press. p. 138 
  4. ^ a b Holtz, T. R.; Rey, L. V. (2007). Dinosaurs: The Most Complete, Up-to-Date Encyclopedia for Dinosaur Lovers of All Ages. Random House  Supplementary Information 2012
  5. ^ a b c d Turner, A. H.; Makovicky, P. J.; Norell, M. A. (2012). “A Review of Dromaeosaurid Systematics and Paravian Phylogeny”. Bulletin of the American Museum of Natural History 371 (371): 1–206. doi:10.1206/748.1. 
  6. ^ “Researchers find short-armed raptor in Argentina”. Reuters. (2008年12月16日). https://www.reuters.com/article/idUSTRE4BG0AA20081217 2010年11月10日閲覧。 
  7. ^ Cau, A.; Beyrand, V.; Voeten, D.; Fernandez, V.; Tafforeau, P.; Stein, K.; Barsbold, R.; Tsogtbaatar, K. et al. (6 December 2017). “Synchrotron scanning reveals amphibious ecomorphology in a new clade of bird-like dinosaurs”. Nature 552 (7685): 395–399. Bibcode2017Natur.552..395C. doi:10.1038/nature24679. PMID 29211712. https://www.researchgate.net/publication/321609878. 
  8. ^ Hartman, Scott; Mortimer, Mickey; Wahl, William R.; Lomax, Dean R.; Lippincott, Jessica; Lovelace, David M. (2019). “A new paravian dinosaur from the Late Jurassic of North America supports a late acquisition of avian flight”. PeerJ 7: e7247. doi:10.7717/peerj.7247. PMC 6626525. PMID 31333906. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6626525/. 
  9. ^ a b c d Gianechini, F. A.; Ercoli, M. D.; Díaz-Martinez, I. (2020). “Differential locomotor and predatory strategies of Gondwanan and derived Laurasian dromaeosaurids (Dinosauria, Theropoda, Paraves): Inferences from morphometric and comparative anatomical studies”. Journal of Anatomy 236 (5): 772–797. Bibcode2014NatCo...5.4382H. doi:10.1111/joa.13153. PMC 7163733. PMID 32023660. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7163733/. 
  10. ^ a b Weishampel, D. B.; Dodson, P.; Osmolska, H. (2007). The Dinosauria, Second Edition. University of California Press. p. 604. https://www.researchgate.net/publication/234025996 
  11. ^ Salgado, L. (1996). “Pellegrinisaurus powelli nov. gen. et sp. (Sauropoda, Titanosauridae) from the Upper Cretaceous of Lago Pellegrini, Northwestern Patagonia, Argentina”. Ameghiniana 33 (4): 355–365. ISSN 1851-8044. https://books.google.com/books?id=buhUpE5LLNkC&q=Pellegrinisaurus&pg=PA355. 
  12. ^ Garcia, R. A. ; Salgado , R.  (2013 ). “The Titanosaur Sauropods from the Late Campanian—Early Maastrichtian Allen Formation of Salitral Moreno, Río Negro, Argentina”. Acta Palaeontologica Polonica  58  (2 ): 269–284 . doi:10.4202/app.2011.0055 . ISSN 0567-7920. https://www.app.pan.pl/archive/published/app58/app20110055.pdf. 
  13. ^ Cruzado-Caballero, P.; Powell, J. E. (2017). “Bonapartesaurus rionegrensis, a new hadrosaurine dinosaur from South America: implications for phylogenetic and biogeographic relations with North America”. Journal of Vertebrate Paleontology 37 (2): 1–16. doi:10.1080/02724634.2017.1289381. 
  14. ^ Coria, R. A.; Riga, B. G.; Casadío, S. (2012). “Un nuevo hadrosáurido (Dinosauria, Ornithopoda) de la Formación Allen, provincia de La Pampa, Argentina”. Ameghiniana 49 (4): 552–572. doi:10.5710/AMGH.9.4.2012.487. http://www.ameghiniana.org.ar/index.php/ameghiniana/article/view/487/1614.