藤原武平太
日本の官僚
藤原 武平太(ふじわら ぶへいた、1940年(昭和15年)4月24日 - )は、日本の通産官僚。通商産業省通商政策局次長、駐ブルガリア大使。情報処理推進機構理事長などを歴任。
略歴
編集- 愛媛県立今治北高等学校卒業
- 1964年(昭和39年)3月:東京大学法学部卒業
- 1964年(昭和39年)4月:通商産業省入省。通商局通商政策課属
- 1965年(昭和40年)10月:通商局輸入企画課[1]
- 1967年(昭和42年)7月:米国イェール大学大学院留学[1](行政官在外研究員制度発足により)
- 1969年(昭和44年)7月:イェール大学経営大学院修了。重工業局産業機械課[1]。
- 1971年(昭和46年)7月:中小企業庁調査課[1]
- 1973年(昭和48年)7月:立地公害局公害防止企画課総括班長[1]
- 1975年(昭和50年)2月:経済協力開発機構(OECD)貿易局先進国間貿易課長[1]
- 1978年(昭和53年)3月:石油公団備蓄管理部計画課長、総務部総務課長[1]
- 1980年(昭和55年)7月:田中六助通商産業大臣秘書官[1]
- 1982年(昭和57年)1月:産業政策局企業行動課長[1]
- 1984年(昭和59年)6月:通商政策局西欧アフリカ中東課長[1]
- 1986年(昭和61年)6月:産業政策局産業資金課長[1]
- 1988年(昭和63年)6月:同省産業政策局総務課長
- 1989年(平成元年)6月:名古屋(中部)通商産業局長
- 1991年(平成3年)6月:同省通商政策局次長
- 1992年(平成4年)10月:駐ブルガリア大使
- 1995年(平成7年)5月:シャープ株式会社理事
- 1995年(平成7年)6月:シャープ株式会社常務取締役海外企画本部長
- 1998年(平成10年)6月:シャープ株式会社専務取締役海外事業本部長、東京支社長
- 2003年(平成15年)7月:情報処理振興事業協会理事長(下記、情報処理推進機構に改組[2])
- 2004年(平成16年)1月:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)理事長[3]
- 2008年(平成20年)4月:独立行政法人情報処理推進機構顧問
- 2008年(平成20年)8月:互助会保証株式会社代表取締役社長
- キワニスクラブ(国際キワニス)会長(ガバナー)[4]
著書
編集- 「多国籍企業 その理論と行動」
著者 チャールズ・キンドルバーガー編、共訳 藤原武平太・和田和、日本生産性本部、1971年
同期入省
編集熊谷弘(内閣官房長官・通産相)、渡辺修(通産次官)、山口務、久禮彦治(日本産業デザイン振興会理事長、駐連合王国公使)、山浦紘一(石油連盟専務理事、特許庁審査第一部長)、合田宏四郎(日本ガス機器検査協会理事長、JGA副会長、関東通産局長)、糟谷晃(夭折)、横田捷宏、中田哲雄、辛島修郎(自販連副会長)など