菅沼定易
菅沼 定易(すがぬま さだやす)は、江戸時代前期から中期にかけての交代寄合。三河国新城領2代領主。
時代 | 江戸時代前期-中期 |
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生誕 | 寛文7年 (1667年) |
死没 | 元文4年7月6日 (1739年8月10日) |
改名 | 定重→定通→定易→常翁(法名) |
別名 | 三郎四郎、織部 |
幕府 | 江戸幕府交代寄合 |
主君 | 徳川家綱、綱吉、家宣、家継、吉宗 |
藩 | 三河新城領主 |
氏族 | 菅沼氏 |
父母 | 父:菅沼定実 |
兄弟 | 庄田安利室、朝岡直国室、松平信周室、定易 |
妻 | 松平忠継の娘 |
子 | 定用、定由 |
経歴
編集系譜
編集父母
編集- 菅沼定実(父)
正室
編集- 松平忠継の娘
子女
編集参考文献
編集- 『寛政重脩諸家譜』第2輯,國民圖書,1923. 国立国会図書館デジタルコレクション 340コマ目 https://dl.ndl.go.jp/pid/1082719/1/340 (参照 2024-06-25)