私の食物誌
『私の食物誌』(わたくしのしょくもつし[1])は、文学者・文芸評論家の吉田健一による随筆[2][注釈 1]。1971年(昭和46年)に読売新聞に連載された後[4]、翌1972年(昭和47年)に単行本化され、中央公論社より発行された[5][6]。吉田健一自身が日本各地で食べた、その土地ならではの食べ物の味を綴った随筆(エッセイ)集である[7]。
私の食物誌 | ||
---|---|---|
著者 | 吉田健一 | |
発行日 | 1972年11月30日 | |
発行元 | 中央公論社 | |
国 | 日本 | |
言語 | 日本語 | |
ページ数 | 277 | |
コード | NCID BN07422956 | |
ウィキポータル 文学 | ||
|
概要
編集読売新聞紙上で、1971年2月4日から12月26日まで、全92回にわたって連載された[4]。一編ごとの文章は短く[8]、主に食材、産地、料理について触れているのみで、料理を食べた店舗の名や所在地は、ほとんど触れられていないことが特徴である[7]。
単行本化にあたっては、全100回にするために新たに8回分が加えられた[6]。これらの中には「別册文藝春秋」、「小説新潮」、菊正宗酒造元社長の嘉納毅六による季刊誌「甘辛春秋」に掲載された作品や[6]、亀井勝一郎と吉川逸治の編による書籍「美の誘惑」所収の作品に加えて[5]、書き下ろし作品もある[6]。
2017年(平成29年)には、吉田の没後40年記念として、吉田のもう1冊の食に関する随筆『舌鼓ところどころ』と共に、『舌鼓ところどころ / 私の食物誌』(中公文庫)として発行された[9][10]。
評価
編集小説家・評論家の丸谷才一は、「食べ物の本の戦後三大傑作」の一つに本書を挙げている[11]。小説家の吉行淳之介は丸谷の意見に対して「私にも異存がない」と述べ、吉田が食べ物と人間との関係を正確につかんでおり、食通を感じさせないとして本書を評価している[11]。文芸評論家の川本直は、同語反復の多い文章に驚き、「他の作家は絶対にこういう書き方をしない」と魅力を感じて、吉田健一の他の作品を読むきっかけになったという[12]。
作家の林望は、吉田健一が「朕惟フニ(われおもうに)」と主体性、つまり独断的な記述を貫いていることを特徴に挙げている[13]。または林は、「大概の者は食べずにいれば餓死するため、食べることは楽しいことに決まっているのだから、旨い物を捜すことは『食道楽』『食通』などの汚名をかぶる理由にはならない」との記述を評価している[13]。
詩人の中村稔は、料理に関する数々の出版物の中でも、本書を「出色の物」とし、自身が吉田健一の著作の良い読者でないと認めつつも、吉田の著作の中でも「出色の物」と語っている[14]。また中村は、吉田の友人でもある丸谷才一の著書『食通知ったかぶり』が、料理の調理法や味を表現豊かに記述していることに対し、吉田の本書は単に「旨い」を繰り返すのみで、なぜ旨いかを説明していないことを指摘し[14]、食の楽しさを語るためには食通であることは不要であり、吉田の文章もまた食べ物の旨さを十分に伝えていると述べている[15]。
元厚労官僚である樽見英樹は、厚生省への入省後、病床にいて食欲が低下していた時期に、本書を読んだことで食欲を思い出したといい、「とても実用的な本」「生きることの楽しみを教えてくれた」と評価している[16]。
イラストレーターの大田垣晴子は、自著『わたくし的読書』の中で、食べ物に関する書籍の中で「大好き」として本書を取り上げており[17]、「女性のエッセーはほとんど読まないけれど、男の人のは好きです。サラリと流す感じがある男の人の文章はいいですね[注釈 2]」と語っている[18]。この他に、「読んでいるとおなかのすく本[2]」「項目を追っていくだけで食欲をそそられる[19]」などの意見も寄せられている。
書籍情報
編集- 『私の食物誌』中央公論社、1972年、全国書誌番号:75000373
- 『私の食物誌』中央公論社〈中公文庫〉、1975年、全国書誌番号:75078665
- 『私の食物誌 (大活字本シリーズ)』埼玉福祉会、1987年、全国書誌番号:88018033
- 『吉田健一著作集 第19巻』集英社、1990年、全国書誌番号:80022572
- 『吉田健一集成 6 (随筆 2)』新潮社、1994年、ISBN 4-10-645606-0
- 『私の食物誌 改版』中央公論新社〈中公文庫〉、2007年、ISBN 978-4-12-204891-1
- 『舌鼓ところどころ/私の食物誌』中央公論新社〈中公文庫〉、2017年、ISBN 978-4-12-206409-6
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ NCID BN07422956
- ^ a b 「春秋」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2022年1月16日、日曜版、1面。2022年5月5日閲覧。
- ^ https://id.ndl.go.jp/bib/000001068960
- ^ a b 新潮社 1994, pp. 408–409(武藤康史による解題)
- ^ a b 河出書房新社 2012, p. 190
- ^ a b c d 新潮社 1994, pp. 410–411(武藤康史による解題)
- ^ 大田垣 1999, p. 42
- ^ 宮崎智之 (2021年3月10日). “「退屈な日常を喜びに変えてくれる本」平熱の読書案内”. 幻冬舎plus. 幻冬舎. 2022年5月5日閲覧。
- ^ 川本 & 樫原 2019, p. 274
- ^ a b 吉行 1978, pp. 258–259
- ^ 川本 & 樫原 2019, p. 14
- ^ a b 新潮社 1994, p. 8(付録「吉田健一集成月報」林望著)
- ^ a b 中村 1977, pp. 136–137
- ^ 中村 1977, pp. 138–139
- ^ 幕井梅芳「書窓 前厚生労働事務次官・樽見英樹氏 入省のきっかけになった生きがいについて」『日刊工業新聞』日刊工業新聞社、2021年11月1日、23面。
- ^ 大田垣 1999, p. 41
- ^ 桐山正寿「このごろ通信 大田垣晴子さん(イラストレーター) 絵と文一体で読書の提案」『毎日新聞』毎日新聞社、1999年6月4日、東京夕刊、12面。
- ^ 『世界の保存食をつくる本 干す、漬ける、煮込む…で旨味を引き出す』地球丸〈Weekend cooking〉、2005年9月10日、84頁。ISBN 978-4-86067-079-5。
参考文献
編集- 大田垣晴子『わたくし的読書』メディアファクトリー〈ダ・ヴィンチブックス〉、1999年4月30日。ISBN 978-4-88991-834-2。
- 木村衣有子「心がふるえる言葉を紡ぐ、エッセイの魅力」『& premium』第8巻第2号、マガジンハウス、2021年2月20日、全国書誌番号:01034878。
- 中村稔「「私の食物誌」讃(吉田健一追悼特集)」『海』第9巻第10号、中央公論社、1977年10月1日、NAID 40000178131。
- 吉行淳之介『贋食物誌』新潮社〈新潮文庫〉、1978年5月25日(原著1974年10月)。 NCID BN04866807。
- 『吉田健一集成 随筆Ⅱ』 6巻、新潮社、1994年2月5日。ISBN 978-4-10-645606-0。
- 『吉田健一 生誕100年 最後の文士』河出書房新社〈KAWADE道の手帖〉、2012年2月28日。ISBN 978-4-309-74043-0。
- 川本直、樫原辰郎 編『吉田健一ふたたび』冨山房インターナショナル、2019年2月21日。