溝口村

日本の鳥取県日野郡にあった村

溝口村(みぞぐち[1][2]そん)は、鳥取県日野郡にあった。現在の西伯郡伯耆町の一部にあたる。

みぞぐちそん
溝口村
廃止日 1931年10月1日
廃止理由 新設合併
溝口村旭村溝口町
現在の自治体 西伯郡伯耆町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陰地方
都道府県 鳥取県
日野郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 2,675
(『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』735頁、1923年)
隣接自治体 八郷村日光村江尾村、旭村、西伯郡大幡村大山村
溝口村役場
所在地 鳥取県日野郡溝口村大字溝口
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示

地理

編集

大山の西側すそ野の端を流れる日野川の中流域右岸に位置していた[2]

歴史

編集
  • 1889年(明治22年)10月1日、町村制の施行により、日野郡大倉村、上野村、長山村、大江村、谷川村、溝口村、宮原村が合併して村制施行し、溝口村が発足[1][2]。旧村名を継承した大倉、上野、長山、大江、谷川、溝口、宮原の7大字を編成[2]
  • 1890年(明治23年)溝口区裁判所設置[2]。1913年(大正2年)廃止[2]
  • 1901年(明治34年)溝口警察署設置[2](現黒坂警察署
  • 1914年(大正3年)2月1日、日野郡金岩村栄村と合併し溝口村が存続[1][2]。大字岩立、金屋谷、白水、根雨原を継承し11大字となる[2]
  • 1931年(昭和6年)10月1日、日野郡旭村と合併し、町制施行し溝口町を新設して廃止された[1][2]。合併後、溝口町大字大倉・上野・長山・大江・谷川・溝口・宮原・岩立・金屋谷・白水・根雨原となる[2]

地名の由来

編集

昔川床が高く用水溝の口に位置したところからとの説あり[2]

産業

編集
  • 農業、林業[2]
  • 産物:米、麦、大豆、栗、薪、炭、蔬菜[2]

交通

編集

鉄道

編集

道路

編集
  • 1930年(昭和5年)県道大山溝口線の改修が行われ釣橋(登山橋)架設[2]

教育

編集
  • 1873年(明治6年)谷川村に谷川小学校開校[3]。1877年(明治10年)溝口村に移転し溝口小学校に改称[2]。1882年(明治15年)荘村・大阪・大倉・金屋谷・添谷の各小学校と統合し分校とする[2]。1887年(明治20年)溝口尋常小学校に改称[2]。1901年(明治34年)溝口高等小学校が開校し、1912年(明治45年)各村の尋常小学校に高等科併設され廃校となる[2]

脚注

編集
  1. ^ a b c d 『市町村名変遷辞典』749頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』734-735頁。
  3. ^ 「谷川〈溝口町〉」『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』479頁。

参考文献

編集

関連項目

編集