松平忠房 (小幡藩嫡子)
松平 忠房(まつだいら ただふさ)は、江戸時代中期の上野国小幡藩の世嗣。官位は従五位下・釆女正。
時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 明和2年4月16日(1765年6月4日) |
死没 | 寛政元年5月11日(1789年6月4日) |
官位 | 従五位下采女正 |
藩 | 上野小幡藩世嗣 |
氏族 | 奥平松平家 |
父母 | 松平忠福、松平資訓養女 |
兄弟 |
忠房、高木正剛、忠彊、横瀬貞征、 津田信久正室、曲淵景露室、曲淵景露室 |
妻 | 間部詮方八女・政姫 |
子 | 忠恵 |
略歴
編集明和2年(1765年)、2代藩主・松平忠福の長男として誕生。
安永9年(1780年)に10代将軍・徳川家治に御目見し、従五位下・釆女正に叙任されたが、家督相続前の寛政元年(1789年)に早世した。
代わって弟・忠彊が嫡子となった。