布勢内親王

桓武天皇皇女、伊勢斎宮

布勢内親王(ふせないしんのう)は、桓武天皇第5皇女。母は中臣丸豊子正六位上中臣丸大魚の娘)。桓武天皇の治世下の伊勢斎宮。「布勢」は「布施」とも表記する。

布勢内親王
時代 平安時代初期
生誕 不詳
薨去 弘仁3年8月6日812年9月14日
別名 布施内親王
位階 四品
父母 父:桓武天皇、母:中臣丸豊子
兄弟 平城天皇朝原内親王長岡岡成伊予親王良岑安世嵯峨天皇淳和天皇葛原親王大宅内親王高津内親王万多親王高志内親王明日香親王仲野親王佐味親王坂本親王賀陽親王布勢内親王葛井親王安勅内親王賀楽内親王菅原内親王甘南美内親王伊都内親王
斎宮 延暦16年4月18日797年5月18日)- 延暦25年3月17日806年4月9日
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生涯

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異母姉朝原内親王の斎宮退下をうけて、延暦16年(797年)4月18日に卜定。同年8月21日、葛野川御禊ののち野宮に移る(野宮の記録はこれが初出)。延暦18年(799年)9月3日、伊勢へ群行。大同元年(806年)3月17日、父桓武天皇崩御により在任10年で退下。弘仁3年(812年)8月6日、無品のまま薨去し、四品を追贈された。『日本後紀』の薨伝によれば「資性婉順、貞操殊励」であったという。

薨後の同年11月27日、内親王遺領の墾田772西二寺に施入された。また翌弘仁4年(813年)9月30日、遺命により内親王家から直銭1,0000が諸寺修理料とされた(『日本後紀』『類聚国史』)。

参考文献

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