市原市立菊間小学校
千葉県市原市にある小学校
市原市立菊間小学校(いちはらしりつ きくましょうがっこう)は、千葉県市原市菊間にある公立小学校[1]。文部科学省の学校コードはB112210004342、旧学校調査番号は121052。通称は菊小(きくしょう)。
市原市立菊間小学校 | |
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北緯35度32分13.61秒 東経140度09分02.95秒 / 北緯35.5371139度 東経140.1508194度座標: 北緯35度32分13.61秒 東経140度09分02.95秒 / 北緯35.5371139度 東経140.1508194度 | |
過去の名称 |
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国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 市原市 |
設立年月日 | 1874年(明治7年) |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 2学期制 |
学校コード | B112210004342 |
校地面積 | 24,769m2 |
校舎面積 | 6,388m2 |
所在地 | 〒299-0007 |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
概要
編集市原市北西部の市原地区に位置する[1]。菊間団地の全域を通学区域としており、昭和中期の児童数増加によって、人口増加が特に大きかった千葉市側へと移転している[2]。
沿革
編集概歴
編集1867年(慶応3年)に菊間小学校の前身となる明親館が開かれた[2]。その後、1872年(明治5年)に学制が公布され、1874年(明治7年)に菊間小学校として開校した[2]。1886年(明治19年)には第一次小学校令発布によって菊間尋常小学校へと改称する[2]。1941年(昭和16年)になると国民学校令が公布され、菊間国民学校となった[2]。戦後、1947年(昭和22年)に学校教育法が施行されると、菊間村立菊間小学校と改称した[2]。1955年(昭和30年)には菊間村と八幡町が合併して市原町が発足したことにより市原町立菊間小学校となり、その後1963年(昭和38年)の市原市発足に伴って現校名の市原市立菊間小学校となっている[2]。
年表
編集校則
編集校章
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校歌
編集施設
編集敷地
編集敷地の詳細は以下の通りである[3]。
所在地 | 〒290-0007 千葉県市原市菊間1620番地1 |
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所有者 | 市原市 |
敷地面積 | 19,607m2 |
用途地域 | 指定なし |
指定建蔽率 | 60% |
指定容積率 | 100% |
取得価格 | 963,065,000円 |
建物
編集敷地内の建物は以下の通りである[3]。
棟番号 | 棟名称 | 構造 | 階数 | 延床面積 | 建築年 | 耐震情報 | 備考 |
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001 | 校舎-1 | RC造 | 地上3階建て | 2,544.00m2 | 1977年 | 耐震工事済 | 0.77 |
002 | 校舎-2 | RC造 | 地上3階建て | 2,142.00m2 | 1977年 | 耐震工事済 | 0.77 |
003 | 校舎-3 | RC造 | 地上3階建て | 1,313.00m2 | 1981年 | 耐震工事済 | 0.71 |
004 | 体育館 | RC造 | 地上1階建て | 800.00m2 | 1979年 | 耐震工事済 | 0.96 |
005 | 倉庫・物置 | 木造 | 地上1階建て | 83.00m2 | 1981年 | - | |
006 | 倉庫・物置 | S造 | 地上1階建て | 27.00m2 | 2000年 | - | |
007 | 倉庫・物置 | 木造 | 地上1階建て | 20.00m2 | 1981年 | - | |
008 | 倉庫・物置 | CB造 | 地上1階建て | 20.00m2 | 1981年 |
併設
編集- 菊間小学校児童クラブ
規模
編集2022年(令和4年)4月1日現在の学校規模は以下の通りである[4][5][6]。
児童数 | 216名 |
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学級数[注釈 1] | 10学級 |
通学区域面積 | 4.934km2 |
通学区域人口 | 10,374人 |
諸活動
編集児童会活動
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部活動
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年間行事
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通学区域
編集以下の町丁字とその範囲を通学区域として指定している[7]。
通学区域内施設
編集中学校区
編集隣接小学校区
編集アクセス
編集脚注
編集注釈
編集- ^ 通常学級数と特別支援学級数の合計