大中寺
栃木県栃木市にある寺院
大中寺(だいちゅうじ)は、栃木県栃木市大平町西山田にある曹洞宗の寺院で関三刹の1つ。山号は太平山。
大中寺 | |
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参道の紫陽花と山門 | |
所在地 | 栃木県栃木市大平町西山田252 |
位置 | 北緯36度21分34.7秒 東経139度41分20.4秒 / 北緯36.359639度 東経139.689000度座標: 北緯36度21分34.7秒 東経139度41分20.4秒 / 北緯36.359639度 東経139.689000度 |
山号 | 太平山 |
宗派 | 曹洞宗 |
寺格 | 関三刹 |
創建年 | 1154年(久寿元年) |
中興年 | 1489年(延徳元年) |
中興 | 快庵妙慶 |
法人番号 | 7060005005767 |
歴史
編集伝承によれば、1154年(久寿元年)、真言宗寺院として創建されたという。1489年(延徳元年)、在地豪族の小山成長が快庵妙慶を開山に招いて再興。このときが実質的な創建とみなされる。天翁院(小山市)の中興開山でもある培芝正悦(ばいししょうえつ)が大中寺2世となった。
天文から弘治の頃(16世紀半ば)、5世海庵尖智の時、後継を巡って無学宗棼(「棼」(ふん)は「林」の下に「分」)と快叟良慶の間に争いがあり、寺は2つに分裂。小山高朝によって、下都賀郡榎本村(栃木市大平町榎本)に新たな大中寺が建立され、無学宗棼はそちらへ移った。山田の大中寺は荒廃するが、1562年(永禄5年)、快叟の弟子の天嶺呑補が再興した。また、快叟が上杉謙信の叔父にあたることから、謙信によって伽藍が整備された。
1591年(天正19年)、当寺は徳川家康により、曹洞宗の関八州僧録職に任命され、1612年(慶長17年)には下総の總寧寺(千葉県市川市)、武蔵野龍穏寺(埼玉県入間郡越生町)と共に天下大僧録(関三刹)の一となる。天下大僧録とは、寺院の本末制度とは別に、末寺数の多い日本各地の曹洞宗寺院を傘下において管理させる寺院として上記3箇寺を指定したものである。3箇寺は月番で曹洞宗の事務を取り仕切り、大本山永平寺の住職はこれら3箇寺の住職経験者から選任された。
『雨月物語』には稚児への愛執から鬼に変じた僧が登場する「青頭巾」などという話がある。境内には「青頭巾」の伝説に関わる「根無し藤」など、「大中寺七不思議」と呼ばれるものがある。
文化財
編集交通アクセス
編集参考文献
編集- 『日本歴史地名大系 栃木県の地名』(「大中寺」の項)、平凡社、1988、ISBN 978-4582490091
関連項目
編集外部リンク
編集- 大中寺 - 栃木市観光協会