多久市
佐賀県の市
(多久邑から転送)
たくし 多久市 | |||||
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国 | 日本 | ||||
地方 | 九州地方 | ||||
都道府県 | 佐賀県 | ||||
市町村コード | 41204-0 | ||||
法人番号 | 2000020412040 | ||||
面積 |
96.56km2 | ||||
総人口 |
17,200人 [編集] (推計人口、2024年10月1日) | ||||
人口密度 | 178人/km2 | ||||
隣接自治体 | 佐賀市、小城市、唐津市、武雄市、杵島郡大町町、江北町 | ||||
市の木 | カエデ | ||||
市の花 | ウメ | ||||
多久市役所 | |||||
市長 | 横尾俊彦 | ||||
所在地 |
〒846-8501 佐賀県多久市北多久町大字小侍7-1 北緯33度17分19秒 東経130度06分37秒 / 北緯33.28856度 東経130.11019度座標: 北緯33度17分19秒 東経130度06分37秒 / 北緯33.28856度 東経130.11019度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
地理
編集佐賀市から約25km西側、牛津川沿いの盆地にあり、盆地の中心が市街地となる。山に囲まれる地勢だが、東には平地が続き他の方向にも低い峠で通じる。
地形
編集- 山岳: 天山(1046m)・八幡岳(764m)・女山(695m)・鬼の鼻山(464m)・徳連岳(445m)・笠頭山(350.5m)・両子山(338m)
- 河川: 牛津川・今出川
- 湖沼: 道灌堤・浅古場池・岸川ダム・天ヶ瀬ダム
隣接している自治体
編集地域
編集地域 | 面積/km2 | 世帯[* 1] | 人口[* 1] | 旧町村 | 位置 | 町・字 |
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北多久町 | 26.29 | 3414 | 8874 | 北多久町 | 北 | 小侍・多久原・メイプルタウン[* 2] |
多久町 | 17.12 | 1154 | 3052 | 多久村 | 中央 | [* 3] |
西多久町 | 19.22 | 360 | 1138 | 西多久村 | 西 | 板屋 |
東多久町 | 15.52 | 1916 | 5140 | 東多久村 | 東 | 納所・別府 |
南多久町 | 17.82 | 1006 | 3039 | 南多久村 | 南 | 下多久・長尾・花祭 |
計 | 96.93 | 7134 | 20737 |
人口
編集多久市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 多久市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 多久市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
多久市(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
歴史
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1708年(宝永5年)に領主の多久茂文が領内に聖廟を建てて孔子を祀り、そこで教育を行った。その建物は多久聖廟として現在保存されている。
行政
編集歴代市長
編集- 多久市(1954年-)歴代市長
代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
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初代 | 吉木善久 | 1954年6月14日 | 1956年4月16日 |
2代 | 石志友二 | 1956年5月13日 | 1960年5月12日 |
3代 | 東郷嘉八 | 1960年5月13日 | 1961年8月7日 |
4代 | 藤井儀作 | 1961年9月17日 | 1977年9月16日 |
5代 | 吉次正美 | 1977年9月17日 | 1985年9月16日 |
6代 | 川内昇 | 1985年9月17日 | 1989年9月16日 |
7代 | 百崎素弘 | 1989年9月17日 | 1997年9月16日 |
8代 | 横尾俊彦 | 1997年9月17日 | 現職 |
議会
編集- 議会定数:15名[1]
マスコットキャラクター
編集姉妹友好都市
編集県政
編集国政・国の出先機関
編集- 出先機関
警察
編集消防
編集- 佐賀中部広域連合佐賀広域消防局
- 多久消防署
- 多久南西出張所
産業
編集- 就業人口
近代以降は石炭産業が盛んとなり、三菱鉱業古賀山炭鉱、明治鉱業新明治佐賀炭鉱など多くの炭鉱で栄えたが、エネルギー事情の変化により1972年に県内最後の炭鉱でもあった新明治佐賀が閉山し、石炭産業は終焉を迎えた。長崎自動車道に近い地の利を活かし、跡地を工業団地として再生を図っている。
多久市に本社を置く企業
編集多久市に工場・事業所を置く企業
編集市外局番
編集郵便局
編集- 集配局 - 多久郵便局
- 無集配局 - 多久別府郵便局・南多久郵便局・東多久郵便局・北多久郵便局・本多久郵便局・西多久郵便局
- 簡易郵便局 - 多久原簡易郵便局・東多久納所簡易郵便局
金融機関
編集テレビ
編集- ケーブルテレビ
健康・福祉
編集- 平均年齢 : 48.12歳
- 年少人口(0 - 14)割合:13.41%
- 生産年齢人口(15 - 64)割合:58.70%
- 老年人口(65 - )割合:27.89%
病院
編集- 多久市立病院 諸隈病院
教育
編集保育所
編集全て私立。
- 納所保育園
- なごみ保育園
- とうぶ保育園
- みどり保育園
- こばと保育園
- 和光保育園
- 杉の子保育園
- 双葉保育園
- 青い鳥保育園
- のぞみ保育園
- 多久保育園
- さくらんぼ保育園
- 佐賀女子短期大学附属ひしのみ保育園 - 認定こども園
幼稚園
編集全て私立。
- 佐賀女子短期大学附属ひしのみ幼稚園 - 認定こども園
義務教育学校
編集2013年度より市内の公立小学校を中学校と同数の3校に統廃合し全小中学校で小中一貫教育を開始したのち、2017年には3校(3組)の小・中学校をそれぞれ義務教育学校に再編した。これにより市内すべての義務教育を行う学校が義務教育学校となった。また義務教育学校化により3校とも校名が東原庠舎にちなむ「多久市立東原庠舎○○校」に変更されている[2]。
→「佐賀県小学校の廃校一覧 § 多久市」、および「佐賀県中学校の廃校一覧 § 多久市」も参照
高等学校
編集→「佐賀県高等学校の廃校一覧 § 多久市」も参照
職業能力開発校
編集学校教育以外の施設
編集交通
編集鉄道
編集- 九州旅客鉄道(JR九州)
バス
編集かつては福岡市と伊万里市を結ぶ高速バス「いまり号」が多久市街地に停車していたが2003年4月1日より経路変更され停車しなくなった。またかつては長崎自動車道上の多久聖廟バスストップに停車する高速バスもあったがこれも消滅したため、現在は多久市内に発着する高速バスはない。
道路
編集高速道路
編集自動車専用道路
編集一般国道
編集主要地方道
編集文化施設
編集スポーツ施設
編集- 中央公園
- 多久市陸上競技場
- 多久市野球場
- 多久市庭球場
- 多久市アーチェリー場
- 多久市体育センター
- 多久市緑が丘弓道場
- 西多久社会体育館
- 多久市東部ふれあい運動広場
- 多久市北多久運動広場
- 多久市船山キャンプ場
特産品
編集- 多久みかん
- 多久ヒノヒカリ
- 青しまうり漬け
- 孔子まん
- 丹邱の四季
- 多久びわ
- 銘酒「東鶴」
- 女山大根
- 桐岡ナス
- 多久まんじゅう
- 岸川まんじゅう
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
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名所・旧跡・観光スポット
編集- 多久聖廟 – 多久町東ノ原。孔子を祀った廟、国の重要文化財
- 岩屋山渓桜(37種類の桜を植栽した公園)
- 東原庠舎
- 西渓公園
- 寒鶯亭(国の登録有形文化財)
- 今出川ふるさと公園(初夏に蛍が乱舞する公園 )
- 中央公園(多久最大規模の公園)
- 大平庵酒蔵資料館(酒造りの道具を展示)
- 多久市郷土資料館
- 川打家住宅・森家住宅
- 鬼ノ鼻山憩いの森
- 船山キャンプ場
- 多久市物産館(朋来庵)
- 多久市ふるさと情報館(幡船の里)
- 多久農産物直売所「たくさん館」
- 古賀山炭鉱竪坑櫓 – 佐賀県で唯一残る竪坑櫓。鉄筋コンクリート造の竪坑櫓の数少ない現存例
- 西の原大明神 – 多久町2638。安産の神
- 西ノ原天満宮 – 多久町
- 八幡神社(若宮八幡宮) – 多久町1758(上多久)。境内にある三本杉は県内でも最大級[3]
- 多久八幡神社[4]
- 海童社(八竜神社) – 北多久町{{字}}小侍[5]
- 七郎神社
- 多久温泉
祭事・催事
編集著名な出身者
編集脚注
編集外部リンク
編集- 多久市に関連する地理データ - オープンストリートマップ