多久村

日本の佐賀県小城郡にあった村

多久村(たくむら[1][2])は、佐賀県小城郡にあった。現在の多久市の一部にあたる。

たくむら
多久村
廃止日 1954年5月1日
廃止理由 新設合併
東多久村南多久村多久村西多久村北多久町多久市
現在の自治体 多久市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 佐賀県
小城郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 4,471
国勢調査、1950年)
隣接自治体 南多久村、北多久町、西多久村、杵島郡北方町大町町
多久村役場
所在地 佐賀県小城郡多久村字西原
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地理

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多久盆地の西部に位置していた[2]

歴史

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  • 1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行により、小城郡多久町が単独で村制施行し、多久村が発足[1][2]。大字は編成せず[2]
  • 1913年(大正2年)電気点灯[2]
  • 1923年(大正12年)当村出身の実業家高取伊好が図書館を寄贈した[2]
  • 1938年(昭和13年)郵便局開設[2]
  • 1954年(昭和29年)10月1日、小城郡東多久村、南多久村、西多久村、北多久町と合併し、市制施行し多久市を新設して廃止された[1][2]。合併後、多久市多久町となる[2]

産業

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  • 農業、商業、工業、鉱業[2]
  • 産物:石炭[2]
  • 養蚕業は1931年(昭和6年)が最盛期であった[2]

鉱山

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1915年(大正4年)多久炭鉱が開業し、1925年(大正14年)に休業[2]。1948年(昭和23年)明治佐賀炭鉱に改称して採炭を再開した[2]

交通

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乗合馬車・自動車

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  • 1915年(大正4年)多久西町 - 莇原間に6人乗り高等馬車運行[2]
  • 1919年(大正8年)武雄 - 莇原間に乗合自動車を運行[2]

教育

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1908年(明治41年)多久村外2か村組合立の多久女子実業補習学校が開校し、1933年(昭和8年)まで存続した[2]

村長

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脚注

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  1. ^ a b c 『市町村名変遷辞典』455頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『角川日本地名大辞典 41 佐賀県』412-414頁。

参考文献

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関連項目

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