土屋香鹿
土屋 香鹿(つちや こうろく、1906年8月28日 - 2006年11月26日[1])は日本の官僚、弁護士。福岡県知事。静岡県浜松市出身。
土屋香鹿 つちや こうろく | |
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生年月日 | 1906年8月28日 |
出生地 | 静岡県浜松市 |
没年月日 | 2006年11月26日(100歳没) |
死没地 | 福岡県福岡市南区 |
前職 | 福岡県副知事 |
現職 | 弁護士 |
称号 | 従四位 |
第3代福岡県知事 | |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 1955年4月26日 - 1959年4月22日 |
来歴・人物
編集浜名郡白脇村出身の海軍大佐土屋芳樹の四男として生まれる。1929年内務省に入省し福岡県警察部長を経て杉本勝次(福岡県知事)に請われて福岡県副知事に就任。1955年に保守系に推されて福岡県知事選に出馬、革新系が推し杉本知事の後継だった鵜崎多一と争い当選する。しかし、再選を目指した1959年知事選では鵜崎に敗れて知事を退任。退任後は弁護士に転身し、2000年まで現役として活動した。
2006年11月26日午前8時50分、肺炎のため福岡市南区の病院で死去。100歳[1]。死後、従五位から従四位に昇叙された。
脚注
編集- ^ a b “土屋香鹿氏死去/元福岡県知事”. 四国新聞社 (2006年11月27日). 2021年12月9日閲覧。
公職 | ||
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先代 杉本勝次 |
福岡県知事 公選第3代:1955年-1959年 |
次代 鵜崎多一 |