因果物語
鈴木正三の絵草子
『因果物語』(いんがものがたり)は、鈴木正三が生前に書き留めていた怪異譚の聞き書きを、没後に弟子たちが1661年(寛文元年)に出版した[1]、江戸時代前期の絵草子[2]、仮名草子[3]。
諸本と内容
編集片仮名本『因果物語』(3巻)は1661年に刊行されたが、これは、それ以前に正三の戒めに反して勝手に平仮名本が刊行され、その内容には偽作されたものなどが含まれていたため、弟子たちが正本として発表したものであり[2]、片仮名本の序文を書いた雲歩和尚は、先行して世に出ていた平仮名本を「邪本」と呼んで非難している[1][4]。
また、『諸國ゐんくは物かたり』(『諸国因果物語』)と題された平仮名抄出本もあった[2]。
鈴木正三は、1627年(寛永4年)から、怪異譚の聞き書きを始めたとされているが、その目的は集成、出版ではなく、仏教的な内容の講話のための素材の収集にあったと考えられている[1]。また、内容についても、鈴木が文学的潤色を加えずに、民衆の間の伝説類を書き記したものと考えられている[2]。しかし、こうした仏教説話としての性格をもっていた『因果物語』は、娯楽としての草子の題材となることで性格を変化させることとなった[5]。挿画も入り、浅井了意などが関わって膨らまされたと見られる平仮名本は、片仮名本以上に普及して版を重ね、後世に大きな影響を残した[2][6]。井原西鶴の『新因果物語』や青木鷺水の『近代因果物語』に影響を与えたとされる[7]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ a b c 檜谷昭彦「因果物語試論」『芸文研究』第17号、慶應義塾大学藝文学会、1964年、13-24頁。 NAID 120005286352
- ^ a b c d e 里道徳雄 著「鈴木正三『因果物語』に見る仏教信仰の基底」、大倉精神文化研究所 編『近世の精神生活』続群書類従完成会、1996年、371-418頁。 Google books
- ^ デジタル大辞泉『因果物語』 - コトバンク
- ^ 土屋順子「片仮名本『因果物語』再考:「跋文」の紹介」『實踐國文學』第73号、実践女子大学、2008年、39-46頁。 NAID 110007056241
- ^ 堤邦彦「書評 江本裕著『近世前期小説の研究』」『国文学研究』第133号、早稲田大学国文学会、2001年、112-115頁。 NAID 120005481725
- ^ 渡邉守邦「因果物語の一問題」『實踐國文學』第88号、実践女子大学、2015年10月15日、1-19頁。 NAID 120005692176
- ^ 総合仏教大辞典編集委員会(編)『総合仏教大辞典』法蔵館、1988年1月、66頁。
外部リンク
編集- 因果物語 - 愛知県立図書館 貴重和本デジタルライブラリー
- 因果物語 巻1-3, 5-6 - 早稲田大学