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和泉(いずみ)は、千葉県印西市大字郵便番号270-1351[2]

和泉
和泉の位置(千葉県内)
和泉
和泉
和泉の位置
北緯35度49分17.0秒 東経140度7分24.5秒 / 北緯35.821389度 東経140.123472度 / 35.821389; 140.123472
日本の旗 日本
都道府県 千葉県
市町村 印西市
地区 永治地区
標高
21 m
人口
2017年(平成29年)10月31日現在)[1]
 • 合計 265人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
270-1351[2]
市外局番 0476[3]
ナンバープレート 習志野
※座標・標高は和泉会館付近

地理

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北は亀成、東は鹿黒、南東は鹿黒南、南は大塚、西は小倉、北西は浦部に隣接している。

歴史

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江戸時代は和泉村であり、下総国印旛郡のうち、印西領・印西筋に属す。

寛永年間(1661年~1673年)は幕府領、のち旗本本多氏・八木氏の相給、1701年(元禄14年)から佐倉藩領、1723年(享保8年)から淀藩領、「旧高旧領」では幕府・淀藩の相給。村高は「元禄郷帳」274石余、1707年(宝永4年)・1730年(享保15年)の改増を経て、「天保郷帳」「旧高旧領」ともに372石余。なお「旧高旧領」に見える幕府領分20石余は、享保年間(1716年~1736年)に開発され、1730年(享保15年)の新田検地により、高請された本村に含められた南新田で、同年検地帳によれば反別畑20町5反余(印旛郡誌)。1723年(享保8年)「淀藩郷村帳」によれば、小物成として夫役永940文余。萱銭永1貫250文を上納(田辺家文書)。1779年(明和9年)明細帳では、家数55・人数292、馬27(武藤家文書)。1873年(明治6年)千葉県に所属。神社は鳥見神社・厳島神社、寺院は天台宗泉倉寺(印旛郡誌)。1889年(明治22年)永治村の大字となる[4]

年表

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  • 1873年(明治6年) - 千葉県に所属。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 永治村大字和泉になる[4]
    • 町村制施行し浦部村、小倉村、和泉村、白幡村、浦幡新田、浦部村新田、高西新田、平塚村が合併し永治村が発足。
  • 1954年(昭和29年)12月1日 - 印西町和泉になる。
  • 1996年(平成8年)4月1日 - 印西市和泉になる。
    • 印西町が市制施行し、印西市になる。

世帯数と人口

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2017年(平成29年)10月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
和泉 103世帯 265人

施設

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  • 和泉会館
  • 泉倉寺
  • 円光院観音堂
  • 鳥見神社
  • 金刀比羅神社
  • 鹿黒機場

交通

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バス

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脚注

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  1. ^ a b 印西市の人口と世帯数”. 印西市 (2017年11月2日). 2017年11月13日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月13日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月13日閲覧。
  4. ^ a b 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 99頁
  5. ^ 印西市コミュニティバス「ふれあいバス」 - 印西市、2014-01-01閲覧
  6. ^ ふれあいバス運行ルート図、2014-01-01閲覧
  7. ^ 西ルート時刻表(平成25年7月12日改正)、2014-01-01閲覧