千葉城町
千葉城町(ちばじょうまち)は熊本県熊本市中央区の町名。郵便番号は860-0001[2]。人口は589人、世帯数は281世帯(2024年6月1日現在)[1]。丁目を持たない単独町名である。住居表示は全域で実施済み。
千葉城町 | |
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千葉城町の位置 | |
北緯32度48分25秒 東経130度42分28秒 / 北緯32.80694度 東経130.70778度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 熊本県 |
市町村 | 熊本市 |
区 | 中央区 |
人口 | |
• 合計 | 589人 |
等時帯 | UTC+9 (JST) |
郵便番号 |
860-0001[2] |
市外局番 | 096[3] |
ナンバープレート | 熊本 |
地理
編集熊本市の中央部、京町台地突端の茶臼山東縁の丘に位置し[4]、また東側で北から南にかけて坪井川が流れている。南で坪井川を挟んで手取本町、南東で坪井川を挟んで城東町、東で上林町や城東町、北東で坪井、北で内坪井町、北西で京町、西で二の丸や本丸、南西で本丸と隣接している。
河川
編集- 坪井川
橋梁
編集- 巌根橋
歴史
編集戦後以前
編集当地にはかつて熊本城の郭内に取り込まれた旧・千葉城があった。加藤清正の時代以降侍屋敷が並んでおり、細川忠利の時代にはこの屋敷は高屋敷と称され、熊本藩に抱えられた宮本武蔵の屋敷もあった。また、侍屋敷の他に煙硝蔵や東御倉などの熊本城の諸施設がおかれていた。明治期になると陸軍の用地として収公され、被服倉庫や経理部、連隊区司令部や偕行社などがおかれた[4]。
戦後
編集1945年(昭和20年)の終戦以降、当地には国家公務員共済会館五峯閣をはじめ、1955年(昭和30年)には県立図書館(現在の熊本県立美術館分館)、1963年(昭和38年)にはNHK熊本放送局などが設置された。
熊本城の復興に向けて
編集2017年(平成29年)6月5日にはNHK熊本放送局が移転しし、同年12月13日には、同施設を熊本地震で被災した熊本城の復興に利用する事を2021年(令和3年)4月まで貸与する事を総務省に許可された[5]。また、長らく更地になっていたJT熊本支店跡地も熊本城の復興のために崩れた石垣や機器、資材などを置く場所になっている[6]。
沿革
編集世帯数と人口
編集2024年(令和6年)7月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
千葉城町 | 281世帯 | 589人 |
小・中学校の学区
編集市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。
番地 | 小学校 | 中学校 |
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全域 | 熊本市立城東小学校 | 熊本市立藤園中学校 |
交通
編集道路
編集鉄道
編集当地には鉄道は通っていない。鉄道を利用する場合の最寄り駅は熊本城・市役所前停留場および通町筋停留場となる。
バス
編集- 熊本都市バス
- 上熊本線
- 上熊本車庫線
- 花園柿原線
施設
編集- 熊本家庭裁判所
- 熊本県立美術館分館
- 熊本市立藤園中学校
- 熊本市立城東小学校
- 熊本市立あおば特別支援学校
- 熊本県伝統工芸館
- 高橋公園
- 千葉城公園
かつてあったおもな施設
編集- NHK熊本放送局
- JT熊本支店
脚注
編集- ^ a b c “人口統計表”. 熊本市. 2024年6月8日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2024年6月8日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2024年6月8日閲覧。
- ^ a b 『角川日本地名大辞典 43 熊本県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会、1987年12月8日、763頁。
- ^ “日本放送協会の「旧熊本放送会館の建物を貸与する業務」の認可”. 総務省. 2024年6月30日閲覧。
- ^ “【地名について調べてみた】熊本市中央区/千葉城町 千葉城って何だっけの巻”. 肥後ジャーナル. 2024年6月30日閲覧。
- ^ “熊本市立小中学校通学区域索引簿(住所から校区を検索)”. 熊本市. 2024年6月13日閲覧。