北薩トンネル
北薩トンネル(ほくさつトンネル)は、鹿児島県薩摩郡さつま町泊野から同県出水市高尾野町柴引に至る北薩横断道路のトンネルである。全長は4,850 mであり、鹿児島県の道路トンネルとしては最長[2][3]、九州地方の道路トンネルとしては東九州自動車道の猪八重トンネルに次いで4番目の延長を有する(2023年現在)。
北薩トンネル(さつま町側坑口) | |
概要 | |
---|---|
位置 | 鹿児島県 |
現況 | 供用中(災害による長期通行止[1]) |
所属路線名 | 北薩横断道路泊野道路 |
起点 | 鹿児島県薩摩郡さつま町泊野(北緯31度57分19.2秒 東経130度21分31.3秒 / 北緯31.955333度 東経130.358694度) |
終点 | 鹿児島県出水市高尾野町柴引(北緯31度59分16.9秒 東経130度19分31.5秒 / 北緯31.988028度 東経130.325417度) |
運用 | |
建設開始 | 2009年3月16日 |
完成 | 2013年3月24日 |
開通 | 2018年3月25日 |
所有 | 鹿児島県 |
管理 | 鹿児島県土木部道路維持課 |
通行対象 | 自動車(自動車専用道路) |
通行料金 | 無料 |
技術情報 | |
全長 | 4,850 m |
道路車線数 | 2車線(暫定二車線) |
設計速度 | 60 km/h |
高さ | 4.5 m |
幅 | 9.5 m |
北薩地区の高峰である紫尾山を貫き、隘路であり線形不良となっている国道504号(現道)の堀切峠をバイパスする[4][5]。2018年(平成30年)3月25日に北薩トンネルを含むきららICから中屋敷ICまでの区間が開通したのに伴い、供用を開始した[6][7]。
2024年(令和6年)7月に発生したトンネル内部の一部崩落により通行止めとなっており、復旧に数年程かかる可能性があるとされている[1]。
概要
編集北薩トンネルは鹿児島県の阿久根市からさつま町を経由し、霧島市に所在する鹿児島空港に至る地域高規格道路・北薩横断道路(国道504号のバイパス)にあり、薩摩郡さつま町と出水市の境界に位置する出水山地に属する紫尾山(しびさん、標高1,067 m[8])を貫くトンネルである[4]。片側一車線の暫定二車線となっており、自動車専用道路として供用中[3]。北薩トンネルの区間の国道504号は指定区間外のため、鹿児島県が管理する。
北薩トンネルの開通により、きららICから高尾野ICまでの区間の所要時間が狭隘である従来の国道504号の堀切峠経由ルートの25分に比べ、北薩トンネル経由では9分となり、冬季に発生する堀切峠の積雪による交通規制も回避可能となる[5]。
トンネル全長の記録
編集北薩トンネルの開通までは奄美大島にある国道58号の網野子トンネル(4,243m)が鹿児島県の道路トンネルとしては最長であったが[9][10]、網野子トンネルの延長を607m上回り、北薩トンネルが鹿児島県内で最長の道路トンネルとなった[2]。
2023年現在供用中の日本国内の道路トンネルとしては28番目の延長となっており、九州地方において無料で通行することができる道路トンネルとしては東九州自動車道の猪八重トンネル(4,858m)に次いで2番目である。高速自動車国道・有料道路を含めても九州自動車道の肥後トンネル(6,340m)、加久藤トンネル(6,260m)、東九州自動車道の猪八重トンネル(4,858m)に次いで4番目の延長を有する[11]。
また、道路用に限らない鹿児島県最長のトンネルは北薩トンネルの出水側坑口の近隣に坑口がある九州新幹線第三紫尾山トンネル(9,987m)である。
沿革
編集着工までの経緯
編集北薩トンネルに並行する国道504号の現道部は堀切峠と呼ばれ、峠の標高は650 mである。第二次世界大戦前までは「辛うじて馬が引ける程度」の峠道であったが、1950年(昭和25年)になり本格的な拡幅工事が行われた[12]。しかし、堀切峠の区間は大型車のすれ違いが困難であり、幅員狭小、線形不良箇所が現在でも多く存在する[13][14]。
1993年(平成5年)になり、それまで県道高尾野宮之城線であった堀切峠は、国道504号(鹿屋市 - 出水郡野田町)の一部となった。1994年(平成6年)12月16日発表の第11次道路整備五箇年計画により、地域高規格道路(計画路線)として北薩横断道路(出水郡野田町 - 姶良郡溝辺町)が、国道504号のバイパス道路として建設されることが決定した[15][16]。2004年(平成16年)には北薩横断道路のうち、北薩トンネルを含む泊野道路(薩摩郡宮之城町大字泊野 - 出水郡高尾野町大字柴引)の区間が事業化され[13]、翌年の2005年(平成17年)に事業着手となった[14]。
事業主体である鹿児島県によると、泊野道路の事業効果として、並行する国道504号が狭隘であることから、現道の幅員狭小区間の解消による道路の信頼性、安全性の向上及び、鹿児島空港や北薩広域公園へのアクセス向上が挙げられている[14]。
2007年(平成19年)2月に北薩トンネルのうち出水市側の区域にあたる出水工区の入札を執行したが、応札価格が予定価格の半分以下となったため保留となった。その後、最低札の共同企業体(JV)の構成員が防衛施設庁談合事件に関与していたことが判明した。これにより、鹿児島県は当該業者を指名停止処分とし、入札自体が無効となった。その後2年間前述事件の対応等により次の入札まで2年間の遅延が発生した[17]。
2度目となる入札が行われた結果、さつま町側の区域にあたるさつま工区(2,240 m)は熊谷・丸福・森・丸久特定建設工事共同企業体(JV)、出水市側の区域にあたる出水工区(2,610 m)は熊谷・西武・渡辺・鎌田特定建設工事共同企業体(JV)が建設を実施することに決定した[4]。
着工・大量湧水の発生
編集北薩トンネルは出水市側の出水工区から2009年(平成21年)3月16日に着工し、さつま町側にあたるさつま工区は同年12月21日に着工した[4]。両工区ともに新オーストリアトンネル工法(NATM)及び発破掘削工法により掘削が行われた[4]。
北薩トンネルが貫通する出水山地の紫尾山は概ね出水市側に花崗岩、さつま町側に四万十層群が分布している構造となっている[8][18]。出水側坑口から掘削を始め1,800 m - 1,900 mに到達後、花崗岩と四万十層群の境界附近において大規模な湧水が発生した。出水は300トン毎時に達し、出水工区全体では1,200トン毎時の大量湧水が発生した。これらの湧水からは高濃度のヒ素が検出され、湧水を河川に排出する際の基準を満たすための恒久的な対策として、湧水量を減少させる必要が発生した[19]。
貫通と貫通後の減水対策工、開通
編集2013年(平成25年)3月24日に貫通式が挙行され貫通した[2]。鹿児島県はトンネルの貫通後に別途減水対策工を発注し、2016年(平成28年)10月31日までに減水対策工事が完了した[20]。
減水対策工事は、ダムの建設などで主に用いられる「グラウチング工法」により施工された[19][21]。グラウチング工法を掘削後に地山改良に用いた施工例は少なく、試験施工を重ねた結果、日鉄住金セメントが開発した極超微粒子セメントを注入することとなった[20]。グラウチング工法による減水後に発生する湧水に対してのヒ素の除去対策のため、接触酸化・共沈処理法によるヒ素除去装置が出水側坑口に設置された[22]。
北薩トンネルで初めて採用されたグラウチング工法を用いた減水対策工は「RPG(RING-POST-GROUTING)工法」と命名され[23]、土木学会の2018年度土木学会賞技術賞を鹿児島県土木部道路建設課・熊谷・西武・渡辺・鎌田特定建設工事共同企業体・熊谷・渡辺特定工事建設事業体が受賞し[24][25]、2021年には『山岳トンネルの大量湧水を減水する「RPG(Ring-Post-Grouting)工法」の開発』として日本建築業連合会の日建連土木賞を受賞した[26]。
開通前には北薩トンネルウォーキング大会として2018年(平成30年)3月18日にウォーキングイベントが行われ[27]、貫通から約5年後となる2018年(平成30年)3月25日にきららインターチェンジから中屋敷インターチェンジまでの区間が開通したのに伴い、供用を開始した[3][6]。
トンネルの一部崩落
編集2024年(令和6年)7月25日に50メートルの範囲で地下からの湧水に起因する最大40センチメートルの隆起が確認され、27日には壁面の剥がれや土砂流出によるトンネルの崩落が確認された。これにより北薩トンネルの区間を含む高尾野ICからさつま泊野ICまでの区間が全面通行止となった[28][29]。
崩落箇所は出水側坑口から1.8キロメートルから1.9キロメートルの位置にあり27日時点で長さ6~7メートルの範囲が土砂に埋まったと報道されている[30]。7月30日には国土交通省などの専門家が現地調査を実施し「水圧などの外力が加わりトンネルが変状して崩落した可能性」を指摘した[31]。崩落現場である出水側坑口から1.9キロメートル地点は前述の通り掘削工事時に大量湧水が発生した地点であり、四万十層群と花崗岩の地層の境目となっている[32]。
道路管理者である鹿児島県道路維持課によれば復旧に数年程かかる可能性があるとされている[1]。
また、この崩落の影響として同様の湧水対策の工法を用いて施工中であるリニア中央新幹線の日吉トンネル(岐阜県瑞浪市)では、事業主体の東海旅客鉄道が工法の見直しを含めて再検討を行なうと発表した[33]。
隣
編集脚注
編集- ^ a b c “「北薩トンネル」地面から水が湧き出て路面が浮き上がり、側壁崩れ土砂も流入…復旧に複数年も”. (2024年7月29日) 2024年7月30日閲覧。
- ^ a b c 『南日本新聞』 2013年3月25日付 28面(北薩トンネル貫通、さつま-出水 県最長4850メートル)
- ^ a b c 南日本新聞『中屋敷-きららIC間6.9キロ開通 北薩横断道路』 2018年3月26日付、32面
- ^ a b c d e 北薩トンネル事業 (PDF) - 公益財団法人鹿児島県建設技術センター、2018年3月25日閲覧。
- ^ a b 浦牛原健「有明北-東 3月4日開通 高規格道 北薩トンネルは25日」『南日本新聞』2017年11月29日付26面。
- ^ a b 北薩横断道路「泊野道路」一部が開通 - 南日本放送、2018年3月25日付
- ^ 北薩横断道路の開通式典 - 鹿児島放送、2018年3月25日付
- ^ a b 角川日本地名大辞典 p.333
- ^ 県内の長大トンネル・橋梁 - 鹿児島県、2015年9月11日現在
- ^ 年度内供用目指し急ピッチ-網野子バイパス - 南海日日新聞、2014年5月13日付
- ^ “東九州自動車道(清武~日南)事業進捗状況” (PDF). 国土交通省 宮崎河川国道事務所. p. 1. 2020年1月7日閲覧。
- ^ 角川日本地名大辞典 p.580
- ^ a b 新規事業採択時評価結果(平成16年新規事業化箇所) (PDF) - 国土交通省、2018年3月29日閲覧。
- ^ a b c 再評価結果(平成27年事業計画箇所) (PDF) - 国土交通省、2018年3月25日閲覧。
- ^ 平成7年第1回定例会(第1日目)議事録(鹿児島県知事発言)
- ^ 地域高規格道路の指定状況 (PDF) - 鹿児島県、2018年3月29日閲覧。
- ^ 九州建設ニュース - 建設ネット有限会社、2008年7月14日付
- ^ (臼元直仁、大山洋一 2016)
- ^ a b (古田島信義、鈴木雅文、中出剛、片山政弘、手塚仁、木佐貫浄治 2016)
- ^ a b “熊谷組/トンネル掘削後のグラウチングで大量湧水低減/極超微粒子セメント注入”. 日刊建設工業新聞. (2017年1月25日). p. 3 2017年1月25日閲覧。
- ^ ダムのグラウチング技術を適用した減水対策工によりトンネル坑内の大量湧水低減 - 熊谷組、2017年1月25日付
- ^ “自然由来のヒ素を含むトンネル湧水処理施設(9,600 m3/日)の完成、ナガオカの水処理技術の適用と運転調整業務の受注について”. ナガオカ. 2018年3月26日閲覧。
- ^ 坂元圭一(鹿児島県土木部道路建設課土木技師) (2019年9月). “北薩トンネルにおける大量湧水を減水するRPG工法について”. 九州地方計画協会. 2024年8月30日閲覧。
- ^ “技術賞”. 土木学会. 2024年8月30日閲覧。
- ^ “県内最長・北薩トンネルの壁面や路面崩壊箇所は、掘削中も大量湧水した難所 42億円かけた国内初の減水対策工法は土木学会技術賞も受賞”. 南日本新聞. (2024年7月30日) 2024年8月30日閲覧。
- ^ “北薩横断道路 北薩トンネル出水工区 山岳トンネルの大量湧水を減水する「RPG(Ring-Post-Grouting)工法」の開発”. 2024年8月30日閲覧。
- ^ 北薩トンネルウォーキング大会の開催 - 北薩横断道路(泊野道路)開通記念プレイベント - - 鹿児島県、2018年3月26日閲覧。
- ^ “自動車専用道全長約5キロのトンネル内、50メートルにわたって路面が隆起、壁面剥がれや土砂流出も 北薩横断道路・さつま泊野-高尾野間が全面通行止め 復旧は未定 鹿児島県”. 南日本新聞. (2024年7月28日) 2024年7月28日閲覧。
- ^ “国道504号北薩トンネル 舗装が湧水で持ち上がり通行止め 鹿児島・さつま町”. 鹿児島テレビ. (2024年7月25日) 2024年7月28日閲覧。
- ^ “厚さ30cmのトンネル壁面が崩落、大量の土砂流入 通行再開まで複数年かかる可能性 地域高規格・北薩横断道路”. 南日本新聞. (2024年7月28日) 2024年7月30日閲覧。
- ^ “北薩トンネル内で発生の土砂流入は「外力でトンネルが崩壊した可能性」 専門家が現地調査、復旧には「相当程度の期間」”. 南日本新聞. (2024年7月31日) 2024年8月30日閲覧。
- ^ 鹿児島テレビ (2024年8月1日). “復旧に年単位か…全長約4800mの“北薩トンネル”で路面異常や土砂流入 地層の境目に掘られたトンネルで何が起きたのか”. FNNプライムオンライン 2024年8月30日閲覧。
- ^ 青野昌行 (2024年8月26日). “リニアの湧水対策で工法見直し検討、参考にした鹿児島のトンネルで土砂流入事故”. 日経XTECH. 2024年8月30日閲覧。
参考文献
編集- 古田島信義、鈴木雅文、中出剛、片山政弘、手塚仁、木佐貫浄治 (2017), “北薩トンネルにおけるヒ素を含有するトンネル湧水の減水対策 - ダムのグラウチング技術を適用した山岳トンネルの岩盤グラウチング -”, 地盤工学ジャーナル
- 臼元直仁、大山洋一 (2016), “セメント注入に伴うトンネル湧水量、地三間隙水圧のモニタリング事例”, 全地連「技術フォーラム2016熊本」
- 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店、1983年。ISBN 978-4040014609。
関連項目
編集- 延長別日本の道路トンネルの一覧(2018年現在、26位)
- 延長別日本の交通用トンネルの一覧(2018年現在、115位)