ヤマコウバシ
ヤマコウバシ(山香ばし、学名: Lindera glauca)は、クスノキ科クロモジ属に分類される落葉低木から小高木になる1種である(図1)。葉柄は短く、葉身は長楕円形、かたく、葉脈は羽状。秋に枯れた葉は、翌春まで枝についている。雌雄異株であり、花は葉の展開とほぼ同時に開花する。果実は熟すと黒色、直径約7ミリメートル。インドシナ半島から日本まで東アジアに広く分布している。日本では本州宮城県以南、四国、九州に分布するが、雌株のみであり遺伝的にほぼ同一なクローンであることが報告されている。和名の「ヤマコウバシ」は、葉をちぎったり枝を折ると、特有のよい香りがすることに由来する[6][5][7][6]。別名として、ヤマコショウ(山胡椒)などがある[8]。
ヤマコウバシ | |||||||||||||||||||||
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![]() 1. 枝葉
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保全状況評価[1] | |||||||||||||||||||||
LEAST CONCERN (IUCN Red List Ver.3.1 (2001)) ![]() | |||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Lindera glauca (Siebold & Zucc.) Blume (1851)[2][3] | |||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||
ヤマコウバシ(山香ばし[5]、山香し[6])、カワカミコウバシ[2]、モチギ[6]、ヤマコショウ[6] |
特徴
編集落葉低木から小高木であり、高さは3–8メートル (m) になる[5][7][6][9]。幹は叢生する[6][10]。枝や葉には精油が含まれ、ショウブ(菖蒲)のような香りがある[8]。樹皮は淡褐色から茶褐色、小さな皮目がある[6][7](図2a)。新枝には、はじめは短毛が生えているが、のちに無毛、2年枝の枝の樹皮は淡褐色になり、縦に細い割れ目が入る[5][6][9][10]。冬芽は紡錘形、芽鱗は7–9枚、赤褐色、枝先に頂芽はなく、仮頂芽がつき、側芽が互生する[6][7][9]。混芽(葉と花を共に包む芽)をつける点でクロモジ属の中では特異であり、同属他種で見られる球形の花芽をもたない[6][7][11]。葉痕は半円形[6][7]。
葉は互生、等間隔につき、葉柄は短く長さ3–4ミリメートル (mm)[6][9]。若葉は途中から垂れ下がる[9]。葉身は楕円形から長楕円形、5–10 × 2.5–4 センチメートル (cm)、基部は広くさび形、先端は鈍く尖り、葉縁は全縁で波打ち、質はやや厚くてかたく、表面は光沢がなく濃緑色、裏面は若葉のときには絹毛に覆われるが、のちに毛は落ちて灰白色、葉脈は羽状で側脈は4–6対[6][9][10](図1)。葉をちぎると、ややきついツンとした匂いがする[11]。秋に紅葉し、黄色や橙色、時にくすんだ赤色に色づくが、落葉せずに枝に残り、翌年の春に落葉する[5][7][6][9](図2b)。
雌雄異株であるが、日本では雄株が存在せず、全て一つの雌株のクローンであることが示されている[12]。日本では、雌株のみで無性的に種子・果実形成を行なっている[6]。花期は4月、葉の展開時に前年枝の葉腋から3–8個の花からなる散形花序が生じる[6][9][10]。花序は無柄、総苞片は極めて細く早落性、絹毛が密生した花柄を数個伸ばし、小さな花をつける[6][9]。花被片は淡黄色、6枚、3枚ずつ2輪、広楕円形、長さ約 1.5 mm、花後に脱落する[6][9][10]。雌花では、花柄は長さ 3–6 mm、仮雄しべが9個、3個ずつ3輪あり、最内輪の仮雄しべ基部には腺体があり、雌しべは中央に1個、子房は楕円形で約 1.5 mm、柱頭は盤状に広がる[6][10]。日本以外では雄株も存在し、雄花では、花柄が長さ約 12 mm、雄しべを9個もち、3個ずつ3輪、最内輪の雄しべの基部には腺体があり、中央に退化した雌しべがある[10]。
果実は液果、球形、直径約 7 mm、10–11月に黒色に熟し、初冬まで残ることが多い[7][6][9]。果柄は長さ 10–15 mm、先太り[9]。種子は1個、ほぼ球形、隆起線が2本ある[6]。染色体数は 2n = 24[13]。
分布
編集本州(宮城県以南)、四国、九州、朝鮮半島、中国、台湾、ベトナム、ミャンマーの低地や山地に分布する[3][6][5][9]。
人間との関わり
編集観賞用の庭木として植栽されることがある[6]。また盆栽に利用されることもある[6]。
若葉を乾燥して保存し、熱湯で戻したものはトロシバとよばれ、非常食とされていた[6]。また飢饉時には葉を乾燥・粉末にしたものを糕(こなもち)に和して食べたため、ヤマコウバシはモチギともよばれる[13]。山陽地方では麦などの炒り粉に混ぜて団子とされ、タンバ餅とよばれた[13]。
木材は木工品に使われることがある[10]。中国では、葉や果皮から抽出した精油は香料とされ、種子から抽出した精油は石鹸や機械油の原料とされる[10]。根、小枝、葉、果実は生薬にも利用されることがある[10]。
脚注
編集出典
編集- ^ Liu, B. & Liu, H. (2019年). “Lindera glauca”. The IUCN Red List of Threatened Species 2019. IUCN. 2024年2月14日閲覧。
- ^ a b 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Lindera glauca (Siebold et Zucc.) Blume ヤマコウバシ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2023年12月17日閲覧。
- ^ a b “Lindera glauca”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2025年2月15日閲覧。
- ^ 佐々木望 (1883-1927) 動物学者 or 佐々木舜一 (1885-1960) 植物学者
- ^ a b c d e f 林将之『紅葉ハンドブック』文一総合出版、2008年、27頁。ISBN 978-4-8299-0187-8。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z 太田和夫 (2000). “ヤマコウバシ”. 樹に咲く花 離弁花1. 山と渓谷社. pp. 424–425. ISBN 4-635-07003-4
- ^ a b c d e f g h 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文『樹皮と冬芽:四季を通じて樹木を観察する 431種』誠文堂新光社〈ネイチャーウォチングガイドブック〉、2014年、232頁。ISBN 978-4-416-61438-9。
- ^ a b 辻井達一『続・日本の樹木』中央公論新社〈中公新書〉、2006年2月25日、60頁。ISBN 4-12-101834-6。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 米倉浩司 (2015). “クロモジ属”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. pp. 82–84. ISBN 978-4582535310
- ^ a b c d e f g h i j Flora of China Editorial Committee. “Lindera glauca”. Flora of China. Missouri Botanical Garden and Harvard University Herbaria. 2025年2月15日閲覧。
- ^ a b 林将之 (2020). “ヤマコウバシ”. 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類 増補改訂版. 山と渓谷社. p. 129. ISBN 978-4635070447
- ^ “ヤマコウバシがたった1本の雌株から生じた巨大なクローンであることを発見!”. 大阪市立大学 (2021年2月26日). 2025年2月15日閲覧。
- ^ a b c 北村四郎・村田源 (1979). “ヤマコウバシ”. 原色日本植物図鑑 木本編 2. 保育社. pp. 193–194. ISBN 978-4-586-30050-1
関連項目
編集外部リンク
編集- “Lindera glauca”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2025年2月15日閲覧。
- 波田善夫. “ヤマコウバシ”. 植物雑学事典. 岡山理科大学. 2011年12月23日閲覧。