ヴォジャノーイ
ヴォジャノーイ[1](ヴォヂャノーイ[2]、ヴォジャノイ[3]とも。ロシア語: водяной ラテン文字表記例 Vodyanoy, Vodianoi, Vodjanoj[4]、ウクライナ語: водяник)は、東欧に伝わる男性の水の精で、魚の支配者である[5]。その名前は、水を意味する単語「ヴォダー[6] (voda[4])」に由来し、「水の精[4]」を意味する。
同様の水の精が、チェコやスロヴァキアでも信じられている。ヴォドニークという[5]。 ヴォドニークの語源も「水(ヴォダ)」である[5]。 スロヴェニアでは、ポヴォドニ・モシュあるいはヴォデニ・モシュ、セルビアではヴォデニ・チョヴェクあるいはヴォデニャクと呼ばれた[5]。 ポーランドには、トピェレツと呼ばれる水の精がいる。この語源は「溺死させる」という動詞「トピチ」である[5]。
概要
編集男性の水の精である[4]。
ロシアではヴォジャノーイ[6](異表記:ヴァディヤノイ)や、あるいはディエドゥシューカ・ヴァディヤノイ(Дѣдушка-водяной[7]、 děduška vodyanoy)[注 1]、"水祖父さん")、またはヴァディヤニク(водяникъ[7]、vodyanik)と呼ばれる[8][9]。スラヴの各地域のおける同類に、ボヘミアのヴォドニク(vodník) 、旧ユーゴ・スロヴェニアのヴォデニ・モジュ (vodeni mož、「水男」)、ポーランドでトピェレッツ(Topielec、「溺殺者」) がいる、とチェコのスラヴ学者ヤン・ハヌシュ・マーハルはしている[11]。
(ロシアの伝承では[注 2])普段の姿は全裸[12](禿頭[9][8]は誤?[注 3])で太鼓腹、ぷっくり頬の老人である[12][8][9][注 4]。緑の髪を梳かしているところを目撃されるともいわれる[8]。
様々な姿に変身でき、村にいれば人間の姿になりすます[14][15]。
緑色の髪の老人、全身を苔に覆われた巨漢、裸の女性、大魚、巨人、さらにはボルゾイ、海老[要出典]、小さな翼で飛行する木の幹など、様々な姿を見せる。時には、緑や白など様々な色へ変色する巨大な髭をもつ老人でもある[16]。水門や水車そのものとして描かれることもある。[要出典]
マーハルによれば、妻持ちで111人の娘らを設けており、彼女らは溺れた人をさいなませるという。 結婚の宴で酩酊すると、水位を上昇させて、堤防や橋や粉ひき小屋を破壊する[8][17]。また、初春の頃、氷を割り水を波立たせるので、供物をささげねばならない。波浪や咆哮は空腹のためで、食べ物のの催促だという。蜂蜜を塗りたくった馬を生贄にするが、粉ひき小屋の主人は、小屋や堰を破壊されないよう、黒色の牝豚を屠って捧げる、とか、"たとえば雌牛、羊、あるいは人間をさえその水車場の礎埋めなければならない"と記述される[8][18][注 5]。
マーハルによれば、粉ひき小屋(水車小屋)のそばの水底に住んでおり、水中の牛馬を地上で遊牧させ(ロシア § を参照)、緑髪を梳いているのを見られるも、その水車に座っているときが多い[8][9]。より一般には、ヴォジャノーイの住み処は川や湖、池だとされ、特に水門や水車のそばを好むとされている。彼らの宮殿は水晶で出来ており、さらに沈没船から調達した金銀および魔法の石で装飾されているという。昼間はその宮殿に潜んでおり、夕方になると宮殿を出て活動を始め、脚で水を叩いて遊ぶ。その水音は遠くまで響くといわれている。また、水車の羽根の下には、複数のヴォジャノーイが潜伏しているとされる。彼らは人間が水の流れを制御することを嫌い、水門の土手を壊そうとすることもある[19]。
ヴォジャノーイはまた、人間を嫌い、隙をついて水中へ引きずり込むこともある。こうしてヴォジャノーイに捕らえられた人間は彼らの奴隷になってしまう[16]。しかしヴォジャノーイは、嵐の時には漁師や水夫を助けることがあり、また、豊漁をもたらすとも言われているため、人々は彼らに供物を捧げていた[4]。
東欧各地のヴォジャノーイ、または類似した水の精
編集ロシア
編集ロシアでは、渦巻く淵(омут)、構造盆地/窪地(の水たまり)や川・沼・湖の渦潮に棲み、特に水車小屋のそばを好む。沼沢地に棲むものはボロトニャニク、Болотняникとも呼ばれる[7]。
魚の支配者とされるが、陸の家畜も従える。ナマズにまたがって水中を移動する[20]。または、牡牛、牝牛、馬に鞍を載せ、"沼地に乗りつぶす"[8][9]。漁師は、最初にとれた魚や煙草(または溶かしたバター[8])を水域に注いで)ヴォジャノーイに捧げた。水車小屋を建てるときに生物([黒[8]]豚・牛・羊や人間)を生贄するといわれ[12]、または黒い雄鶏を埋めて供物とした[5]。ヴォジャノーイへの御追従のために、道行く人を水中に突き落とすこともあった[21]。
水中に家畜を飼っており、牛・馬・豚・羊の群れを地上で放牧する[22]。水車小屋の水車や引水をいじって妨害するので、粉ひき屋はこの水霊との関係をうまく保たないと経営できない。小屋を壊された例も報告され(イリメニ湖等)、予告どおり溺死させることもあるという{{sfnp|Afanasyev|1868|loc=2: 237}。
妻を持つと言われ、"女の水精(「水の乙女」)や溺れて死んだ[り父母に呪われた不幸な]人間の娘たちを娶って妻にする"が、「水の乙女」とはまたルサルカなどと呼ばれる[23][8][17][注 6]。
オロネツ地方のある湖に生息していたヴォジャノーイは、人間を食料にするために水中で待ち構えていたが、この地方の人間達が皆用心深く、水浴びや水汲みに湖に現れることが殆どなかったため、住居を移そうと決め別の湖へ移動していった。その際に、脚に小さな島が引っかかり、河の中に落ちた。その島は今でも人の肉眼で目視できると言われている[21]。
ヴォジャノーイは不死とされているが、月相に合わせて老いたり若返ったりするとされており[16]、満月の日にその力は最高潮に達し、非常に危険な存在となるという。[要出典]
チェコおよびスロヴァキア
編集ヴォドニークは川面に赤いリボンを突き出している。子供たちがリボンに触れると水中に引きずり込む[5]。
ドイツ
編集ドイツ東部のスラヴ系ヴェンド人の伝承によれば、彼らの信じる「水男」(ドイツ名:ヴァッサーマン)は、ときおり市場に現れて穀物を買っていくが、高く買えば高値(不作)の予兆であり、安く買えば、その年のパン代は安定する[24][25][8][注 7]。
文化への影響
編集ヴォジャノーイを取り上げた芸術作品
編集文学作品
編集- 詩『ポヴォドニ・モジュ』(Povodni mož) フランツェ・プレシェーレン(France Prešeren)
- 小説『ペルディード・ストリート・ステーション』 チャイナ・ミエヴィル
- 児童文学『長い長いお医者さんの話』 カレル・チャペック 中野好夫の邦訳ではカッパと訳されている。
出典
編集- ^ アレグザンスキー (1993)『ロシアの神話』で確認した表記。
- ^ 中堀 (2013) 『神の文化史事典』で確認した表記。
- ^ 森安 (1986)『スラヴ民族と東欧ロシア』で確認した表記。
- ^ a b c d e 中堀 (2013), p. 113.
- ^ a b c d e f g 森安 (1986), p. 351.
- ^ a b アレグザンスキー (1993), p. 44.
- ^ a b c Afanasyev (1868), 2: 236.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q Máchal, Jan Hanuš (2018), “Chapter IX. Water-Spirits” (英語), The Mythology of All Races (vol. 3, Slavic), Boston: Marshall Jones, pp. 270–271
- ^ a b c d e f g 石田英一郎『河童駒引考: 比較民族学的研究』岩波書店〈岩波文庫 青193-1〉、2017年、140頁。ISBN 9784003319314 。
- ^ a b Ishida, Eiichirô; Yoshida, Ken'ichi (1950). “The Kappa Legend: A Comparative Ethnological Study on the Japanese Water-Spirit"Kappa" and Its Habit of Trying to Lure Horses into the Water”. Folklore Studies 9: 73. JSTOR 1177401 .
- ^ マーハル[8]およびこれを典拠とする石田[9][10]。
- ^ a b c Afanasyev (1868), 2: 237.
- ^ Perkowski, Jan Louis (1976). Vampires of the Slavs. Bloomington, Indiana: Slavica Publishers. p. 52
- ^ "He can transform himself in many ways, and when in a village, he assumes the form of a human being".[8]
- ^ 清水 (1995), p. 48.
- ^ a b c アレグザンスキー (1993), p. 46.
- ^ a b 石田 (2017), p. 145.
- ^ a b 石田 (2017), p. 141.
- ^ アレグザンスキー (1993), pp. 44, 46–47.
- ^ マーハルによれば、Vodyanik が sheat-fish (ナマズ科)にまたがる。
- ^ a b アレグザンスキー (1993), p. 47.
- ^ Afanasyev (1868), 2: 238–239.
- ^ a b Afanasyev (1868), 2: 239.
- ^ Deutsche Mythologie. 1 (2 ed.). Göttingen: Dieterichsche Buchhandlung date=1843. p. 460
- ^ Afanasyev (1868), 2: 238.
注釈
編集- ^ водовикъ vodovik とも
- ^ 以下の記述は、アレクサンドル・アファナーシェフ(1858年)に遡及でき、そこにはロシア語で"съ большимъ одутловатымъ брюхомъ и опухшимъ лицомъ 全裸な老人で、大きめな膨れ腹と、膨張した顔」"とあり、『Современник 同時代人』誌、1856年第XI号16頁を典拠としているので、ロシアの伝承とみなす。マーハルは"He is a bald-headed old man with fat belly and puffy cheeks"としており、「全裸」が「禿げ頭」と変わる以外はほぼ同じ表現をつかっているが、言葉遣いから、ロシア特融でなくスラヴ汎用の容姿のように書かれている。
- ^ マーハルは頭が禿ているとし、石田もこれを踏襲するものの、緑色の髪をくしけずる、という描写と噛み合わない。
- ^ マーハルは" fat belly and puffy cheeks"とするが[8]、石田は割愛[9][10]。米国のポーランド系学者ヤン・ペルコウスキーは"fat belly"等も含めて再掲する[13]。
- ^ また、"ウクライナでは、ヴァデヤニクに堤防をこわされないため、馬の頭が堤の中に埋められた[18][8]"}。
- ^ マーハルは"water-nymphs"とし石田もこれに準じて「女の水精」とする。アファナーシェフは"водяной дѣвка (девка) 水の乙女"と結婚するとし、この「水の乙女」はロシア伝承ではモリャナ (水霊)、ヴォジャニツァ(Водяница)、"wodny žony"〔ママ〕、ドゥナフカ[?](マケドニア語: дунавка)、ルサルカ(русалка)等と呼びならわされているとする[23]。マーハルは"water nymph"について、少し後のくだいでチェコ語の名前を付記している(チェコ語: vodní panny, bílé paní)[8]
- ^ アファナーシェフが脚注で引用するのは、グリム著『ドイツ神話』(1843年版第1巻)460頁。
参考文献
編集- アレグザンスキー, G 著、小海永二 訳「スラヴの神話」、ギラン, フェリックス 編『ロシアの神話』(新版)青土社〈シリーズ 世界の神話〉、1993年10月。ISBN 978-4-7917-5276-8。
- 伊東一郎「スラヴの神話伝説」『世界の神話伝説 総解説』吉田敦彦他共著(改訂増補版)、自由国民社〈Multi book〉、2002年7月、pp. 51-61頁。ISBN 978-4-426-60711-1。
- 清水睦夫 著「ロシア国家の起源」、田中陽兒、倉持俊一、和田春樹編 編『ロシア史1:9世紀 - 17世紀』山川出版社〈世界歴史大系〉、1995年9月。ISBN 978-4-634-46060-7。
- 中堀正洋 著「ヴォヂャノーイ」、松村一男、平藤喜久子、山田仁史編 編『神の文化史事典』白水社、2013年2月、p. 113頁。ISBN 978-4-560-08265-2。
- 森安達也 編『スラヴ民族と東欧ロシア』山川出版社〈民俗の世界史10〉、1986年6月。ISBN 978-4-634-44100-2。
- Hennessy , William M. , ed., tr. (1868). Poėtičeskie vozzrenija Slavjan na prirodu. Moskva: Izdániye K. Soldatenkova