ホレス・ロバートソン
この記事は英語版の対応するページを翻訳することにより充実させることができます。(2024年3月) 翻訳前に重要な指示を読むには右にある[表示]をクリックしてください。
|
ホレス・ロバートソン(Horace Robertson、1894年10月29日 - 1960年4月28日)は、オーストラリアの軍人である[1][2]。
経歴・人物
編集ビクトリア州の生まれ[1][2]。オーストラリア陸軍学校に入学し[2]、卒業後は指揮幕僚学校を経てイギリス陸軍大学校に入学した[1][2]。卒業後は第一次世界大戦の発生により従軍し[2]、第二次世界大戦では太平洋戦争におけるウェーク島の戦いに参戦し第6オーストラリア師団長を務める[2]。
戦後の1946年(昭和21年)2月にはジョン・ノースコットの後継として来日し[1][2]、日本占領イギリス連邦占領軍の総司令官に就任した[1][2]。中国地方および四国地方に駐留したイギリス領インド軍およびオーストラリア軍[1][2]、ニュージーランド軍の指揮を1951年(昭和26年)の辞任まであたる[2]。また1950年に発生した朝鮮戦争においては朝鮮派遣英連邦司令官も務めた[2]。