プレイコミック

日本の漫画雑誌

プレイコミック』は、秋田書店の発行していた男性(社会人)向け漫画雑誌1968年6月1日創刊(月2回刊)。2010年月刊化され、2014年7月25日休刊。1975年から1980年代前半にかけては、姉妹誌『月刊プレイコミック』も存在していた。

プレイコミック
ジャンル 漫画雑誌
読者対象 青年
刊行頻度 月刊(毎月25日発売)
発売国 日本の旗 日本
言語 日本語
定価 497円
出版社 秋田書店
刊行期間 1968年6月1日 - 2014年7月25日
レーベル プレイコミック・シリーズ
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概要

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1968年6月1日創刊。創刊編集長は織田訓好が務めた。創刊より永らく月2回刊誌として刊行されていたが[1][2]2010年8月25日発売の同年10月号より月刊誌としてリニューアルした[3]

月2回刊時代の発売日は毎月第2・第4金曜日[1][2]。リニューアル後は毎月25日発売(前々月発売)となった[3]

青年漫画誌としては最古参で、1967年創刊の『漫画アクション』(双葉社)、『ヤングコミック』(少年画報社)、翌1968年創刊の『ビッグコミック』(小学館)と共に新しい市場を開拓した[4]。80年代に入ると低迷期に入り、休刊寸前にまで追い込まれたが新編集長に就任した大塚公平真樹日佐夫影丸穣也新書ワル』、堂上まさ志『銀玉マサやん』、乾はるかお元気クリニック』といった、アウトロー、ギャンブル、エロを中心に据えた泥臭い娯楽路線へ転換。売り上げは大きく回復したが、大塚が『週刊少年チャンピオン』編集長へ異動した90年代後半以降は風俗ものやエロものが誌面の大半を占めるようになり、低迷期に再び入っていく。

2006年のNo.1より大幅なリニューアルが行われ、立原あゆみの新連載や平田弘史の時代物短編などを掲載し、正統派青年漫画誌への回帰を図った[注釈 1]。しかし、この頃には単行本レーベルが弱体化しており、「創刊39周年記念連載攻勢第1弾」作品だったはずの『逃亡医F』が単行本化を見送られるなど売り上げの改善には繋がらなかった。作家陣の世代交代で『ヤングチャンピオン』との内容重複が生じたことから、2014年7月25日発売の9月号(通巻1072号)を以て休刊となった[5][6][7]

休刊直前の8月号に開始された新連載『徒然ホロ酔い散歩めし』などを含め、大半の掲載作品が最終9月号で完結したが、一部の作品は他誌へ移籍した。2014年9月30日に本誌から雑誌コードを引き継ぐ形で創刊された同種の雑誌『別冊ヤングチャンピオン』には『奮闘!びったれ』(同誌創刊号から『びったれ!!!』として再開)と『キューピー外伝 我妻涼』(同誌創刊号に2話連続掲載で完結。第2号:12月号から『QP 我妻涼 〜Desperado〜』として続編開始)の2作品が移籍。2014年10月21日にサービスを開始したウェブコミック配信サイトチャンピオンクロス』には『優駿の門 チャンプ』(「菊花賞」編プロローグ:10月28日配信)が移籍した。

休刊時の連載作品

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以下の項目は、最終号となった2014年9月号時点での掲載作品(読み切りを含まず)。※印の作品は最終号にて完結。

その他の連載作品

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あ行

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か行

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さ行

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た行

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な行

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は行

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ま行

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や行

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ら行

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わ行

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映像化作品

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アニメ化

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テレビアニメ
作品 放送年 アニメーション制作 備考
宇宙海賊キャプテンハーロック 1978年-1979年 東映動画
ガンフロンティア 2002年 ベガエンタテイメント
OVA
作品 発売年 アニメーション制作 備考
お元気クリニック 1992年 ニューネットワーク、東京キッズ

実写化

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実写映画
作品 公開年 配給 備考
お元気クリニック 1988年 にっかつ
新書ワル 1992年-1995年
オリジナルビデオ(Vシネマ)
作品 発売年 制作 備考
打鐘 1993年-1994年
アダルトビデオ
作品 発売年 制作 備考
お元気クリニック 2008年-2009年 AVS

脚注

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注釈

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  1. ^ お色気路線の行き過ぎによって成人向け漫画化する傾向は、前述の『漫画アクション』および『ヤングコミック』にも見られる。『漫画アクション』は2003年に一旦休刊したものの2004年に復刊し、青年漫画誌としてリニューアルを果たしたが、『ヤングコミック』は1984年に4コマ漫画誌としてリニューアルされて実質的に消滅(後継誌も1987年に休刊)し、1990年に正式に成年コミック誌として再創刊されている。

出典

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外部リンク

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