ニコライ・ヴラジーミロヴィチ・ダビデンコNikolay Davydenko, ロシア語: Николай Владимирович Давыденко, 1981年6月2日 - )は、ロシアの元男子プロテニス選手。赤土のクレーコートを最も得意としている。シングルス自己最高ランキングは3位。ATPツアーでシングルス21勝、ダブルス2勝を挙げた。身長178cm、体重70kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

ニコライ・ダビデンコ
Nikolay Davydenko
ニコライ・ダビデンコ
基本情報
フルネーム Nikolay Vladimirovich
Davydenko
国籍 ロシアの旗 ロシア
出身地 ウクライナ・セベロドネツク
居住地 ロシア・ヴォルゴグラード
生年月日 (1981-06-02) 1981年6月2日(43歳)
身長 178cm
体重 70kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1999年
引退年 2014年
ツアー通算 23勝
シングルス 21勝
ダブルス 2勝
生涯通算成績 543勝396敗
シングルス 482勝329敗
ダブルス 61勝67敗
生涯獲得賞金 $16,186,480
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト8(2005-07・2010)
全仏 ベスト4(2005・07)
全英 4回戦(2007)
全米 ベスト4(2006・07)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2005)
全仏 3回戦(2005)
全英 ベスト8(2004)
全米 2回戦(2004・05・13)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 優勝(2006)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 3位(2006年11月6日)
ダブルス 31位(2005年6月13日)

2009年ATPワールドツアー・ファイナル優勝。ATPワールドツアー・マスターズ1000で優勝3回。

選手経歴

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ダビデンコはウクライナのセベロドネツクに生まれ、7歳から兄と一緒にテニスを始めた。15歳の時に家族でドイツへ引っ越し、18歳の時にロシア国籍を取得した。彼の両親はロシアに在住している。1999年にプロ入り。2001年全豪オープン4大大会にデビューし、2回戦でパトリック・ラフターに挑戦した。2003年から世界的な躍進を始め、年頭のネクストジェネレーション・アデレード国際でツアー初優勝を果たす。この年から、ダビデンコは男子テニス国別対抗戦・デビスカップロシア代表選手になる。4月にポルトガル・オープンでも優勝し、この年に初めて世界ランキングトップ50位以内に入った。2004年も年間2勝を挙げ、同年のアテネ五輪にもロシア代表として出場したが、シングルス1回戦でスイスロジャー・フェデラーに敗れた。

2005年にダビデンコは世界のトップ選手へと躍進し、全豪オープンで初めて準々決勝に進出した(アンディ・ロディックに敗退)。そして全仏オープンで、ダビデンコは準決勝に駒を進めたが、マリアノ・プエルタに3-6, 7-5, 6-2, 4-6, 4-6のフルセットで敗れ、決勝進出を逃した。同年末に、世界ランキング8位以内の選手しか出場できない男子テニス年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」にも初めて出場資格を獲得し、ダビド・ナルバンディアンとの準決勝まで勝ち進んだ。

2006年全米オープンで自身2度目のベスト4入りを果たしたが、準決勝で第1シードのロジャー・フェデラーに1-6, 5-7, 4-6のストレートで敗れている。この年は男子テニスツアーで自己最高の年間5勝を挙げ、世界ランキングも自己最高位の3位まで躍進した。

ダビデンコはデビスカップロシア代表選手として、2006年ロシア代表の4年ぶり2度目の優勝に貢献した。12月1日-3日にロシアの首都・モスクワにあるオリンピック・スタジアムアルゼンチンとの決勝戦が行われた時、ダビデンコはシングルス2試合に出場し、第1試合でフアン・イグナシオ・チェラに勝ったが、第4試合ではダビド・ナルバンディアンに敗れ、この決勝戦では1勝1敗の成績を残した。デ杯終了後に結婚。

2008年3月末に行われたマイアミ・マスターズで、ダビデンコは準決勝で地元アメリカのアンディ・ロディック、決勝でラファエル・ナダルを破り、自身2度目のATPマスターズシリーズ大会制覇を果たした。年末のツアー最終戦では決勝戦まで進出したがノバク・ジョコビッチに1-6, 5-7で敗れ準優勝に終わった。

2009年は手首の怪我で出遅れたが全仏オープン前に復帰し、ロビン・セーデリングとの準々決勝まで進出した。全米オープンでは4回戦で敗退したが、その後上海マスターズではラファエル・ナダルを破って優勝した。

さらに年末のATPワールドツアー・ファイナルではこれまでツアーで1度も勝てなかったロジャー・フェデラーを準決勝で下し、決勝では当年の2009年全米オープン覇者であるフアン・マルティン・デル・ポトロを6-3, 6-4で下し初優勝を果たした。この年は同郷の先輩で元世界1位のマラト・サフィンが引退した年であり、さらにツアー最終戦ではこの年の四大大会優勝者を全員破っての優勝だったため、ロシアテニス界の第一人者であることを印象づける勝利にもなった。

2010年カタール・エクソンモービル・オープンラファエル・ナダルを0–6, 7–6(8), 6–4で破りツアー20勝目を挙げた。全豪オープンではベスト8に進出したが、その後は調子を落とし、前年優勝の最終戦への出場を逃しランキングを大幅に下げてしまった。

ダビデンコは2014年全仏オープンが最後の出場になり10月に現役引退を発表した[1]

主要大会決勝

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年間最終戦決勝

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シングルス: 2 (1タイトル, 1準優勝)

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結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 2008年11月16日   上海 ハード (室内)   ノバク・ジョコビッチ 1-6, 5-7
優勝 2009年11月29日   ロンドン ハード (室内)   フアン・マルティン・デル・ポトロ 6-3, 6-4

マスターズ1000決勝

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シングルス: 3 (3タイトル)

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結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 2006年11月5日   パリ カーペット (室内)   ドミニク・フルバティ 6-1, 6-2, 6-2
優勝 2008年4月6日   マイアミ ハード   ラファエル・ナダル 6-4, 6-2
優勝 2009年10月18日   上海 ハード   ラファエル・ナダル 7-6(7-3), 6-3

ATPツアー決勝進出結果

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シングルス: 28回 (21勝7敗)

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大会グレード
グランドスラム (0–0)
ATPファイナルズ (1–1)
ATPツアー・マスターズ1000 (3–0)
ATPツアー500 (1–0)
ATPツアー250 (16–6)
サーフェス別タイトル
ハード (8–3)
クレー (10–4)
芝 (0–0)
カーペット (3–0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2003年1月5日   アデレード ハード   クリストフ・フリーヘン 6-2, 7-6(7-3)
優勝 2. 2003年4月13日   エストリル クレー   アグスティン・カレリ 6-4, 6-3
準優勝 1. 2003年5月26日   ザンクト・ペルテン クレー   アンディ・ロディック 3-6, 2-6
優勝 3. 2004年5月2日   ミュンヘン クレー   マルティン・フェルカーク 6-4, 7-5
優勝 4. 2004年10月17日   モスクワ カーペット (室内)   グレグ・ルーゼドスキー 3-6, 6-3, 7-5
優勝 5. 2005年5月21日   ザンクト・ペルテン クレー   ユルゲン・メルツァー 6-3, 2-6, 6-4
準優勝 2. 2006年5月8日   エストリル クレー   ダビド・ナルバンディアン 3-6, 4-6
優勝 6. 2006年5月27日   ペルチャッハ クレー   アンドレイ・パベル 6-0, 6-3
準優勝 3. 2006年7月17日   ボースタード クレー   トミー・ロブレド 2-6, 1-6
優勝 7. 2006年8月6日   ソポト クレー   フロリアン・マイヤー 7-6(8-6), 5-7, 6-4
優勝 8. 2006年8月26日   ニューヘイブン ハード   アグスティン・カレリ 6-4, 6-3
優勝 9. 2006年10月15日   モスクワ カーペット (室内)   マラト・サフィン 6-4, 5-7, 6-4
優勝 10. 2006年11月5日   パリ カーペット (室内)   ドミニク・フルバティ 6-1, 6-2, 6-2
優勝 11. 2007年10月14日   モスクワ ハード (室内)   ポール=アンリ・マチュー 7-5, 7-6(11-9)
優勝 12. 2008年4月6日   マイアミ ハード   ラファエル・ナダル 6-4, 6-2
準優勝 4. 2008年4月20日   エストリル クレー   ロジャー・フェデラー 6-7(5-7), 2-1, 途中棄権
優勝 13. 2008年5月24日   ペルチャッハ クレー   フアン・モナコ 6-2, 2-6, 6-2
優勝 14. 2008年6月9日   ワルシャワ クレー   トミー・ロブレド 6-3, 6-3
準優勝 5. 2008年11月16日   上海 ハード (室内)   ノバク・ジョコビッチ 1-6, 5-7
優勝 15. 2009年7月26日   ハンブルク クレー   ポール=アンリ・マチュー 6-4, 6-2
優勝 16. 2009年8月2日   ウマグ クレー   フアン・カルロス・フェレーロ 6-3, 6-0
優勝 17. 2009年10月3日   クアラルンプール ハード (室内)   フェルナンド・ベルダスコ 6-4, 7-5
優勝 18. 2009年10月18日   上海 ハード   ラファエル・ナダル 7-6(7-3), 6-3
優勝 19. 2009年11月29日   ロンドン ハード (室内)   フアン・マルティン・デル・ポトロ 6-3, 6-4
優勝 20. 2010年1月9日   ドーハ ハード   ラファエル・ナダル 0-6, 7-6(10-8), 6-4
準優勝 6. 2011年1月8日   ドーハ ハード   ロジャー・フェデラー 3-6, 4-6
優勝 21. 2011年5月1日   ミュンヘン クレー   フロリアン・マイヤー 6-3, 3-6, 6-1
準優勝 7. 2013年1月5日   ドーハ ハード   リシャール・ガスケ 6-3, 6–7(4-7), 3-6

ダブルス: 4回 (2勝2敗)

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結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2004年10月17日   モスクワ カーペット (室内)   イーゴリ・アンドレエフ   マヘシュ・ブパシ
  ヨナス・ビョルクマン
3-6, 6-3, 6-4
準優勝 1. 2005年10月17日   モスクワ カーペット (室内)   イーゴリ・アンドレエフ   マックス・ミルヌイ
  ミハイル・ユージニー
1-5, 1-5
準優勝 2. 2008年6月9日   ワルシャワ クレー   ユーリ・シュキン   マリウシュ・フィルステンベルク
  マルチン・マトコフスキ
0-6, 6-3, [4-10]
優勝 2. 2014年2月9日   モンペリエ ハード
(室内)
  デニス・イストミン   マルク・ジケル
  ニコラ・マユ
6-4, 1-6, [10-7]

成績

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4大大会シングルス

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略語の説明
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.

大会 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 通算成績
全豪オープン 2R 1R 1R 2R QF QF QF 4R A QF 1R 1R 2R 2R 23–13
全仏オープン 2R 2R 2R 1R SF QF SF 3R QF A 2R 1R 3R 1R 26–13
ウィンブルドン A 1R 1R 1R 2R 1R 4R 1R 3R 2R 1R 1R A A 7–11
全米オープン 1R 2R 2R 3R 2R SF SF 4R 4R 2R 3R 2R 2R A 26–13

年間最終戦

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大会 2005 2006 2007 2008 2009 通算成績
ATPファイナルズ SF RR RR F W 12–8

大会最高成績

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大会 成績
ATPファイナルズ W 2009
インディアンウェルズ 4R 2007
マイアミ W 2008
モンテカルロ SF 2008
マドリード 3R 2005, 2009
ローマ SF 2007
カナダ QF 2007, 2009, 2013
シンシナティ SF 2007
上海 W 2009
パリ W 2006
ハンブルク SF 2005
オリンピック 2R 2008, 2012
デビスカップ W 2006

脚注

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外部リンク

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