ジャノヒゲ
ジャノヒゲ(蛇の髭、学名:Ophiopogon japonicus)は、キジカクシ科ジャノヒゲ属に分類される常緑多年草の1種。リュウノヒゲ(竜の髯)、ネコダマ(猫玉) 、タマリュウ (玉竜)[2]ともいう。
ジャノヒゲ | |||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
分類(APG III) | |||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||
学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Ophiopogon japonicus (Thunb.) Ker Gawl.[1] | |||||||||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||||||||
Mondo grass、dwarf lilyturf | |||||||||||||||||||||||||||
変種 | |||||||||||||||||||||||||||
|
名称
編集和名ジャノヒゲは、一説にはジョウノヒゲが転訛して、ジャノヒゲになったと考えられている[3]。漢名を麦門冬(ばくもんとう)というが[4]、『本草綱目啓蒙』では麦門冬の別名として「ジヤウガヒゲ」を挙げていて、ここでいう“ジヤウガヒゲ”(ジョウノヒゲ)は「尉(じょう)の鬚」という意味であり、能面で老人の面である「尉(じょう)」の面の顎鬚(あごひげ)に、葉の形を見立てたものと推測されている[5][6][3]。また同様に葉の形状から、ジャノヒゲ(蛇の鬚)は別名リュウノヒゲ(龍の鬚/竜の鬚)ともいわれ、細い葉をヘビやリュウの髭に見立てたのが名の由来とする説もある[6][4][7]。
日本での古名は「やますげ」の名で奈良時代に成立した『万葉集』の歌なかでも詠まれている[4]。ただし、「やますげ」は同じキジカクシ科スズラン亜科のヤブランであるとする説もある[4]。江戸時代の代表的な方言集『物類呼称』では、麦門冬を尾張で「蛇のひげ」と言うとする記述が見られ[注釈 1]、『本草綱目啓蒙』でも、近江で「ジャノヒゲ」と称すると書かれており、さらに『物品識名』にも「ジャノヒゲ」の名称が挙げられている[4]。『古典の植物を探る』(八坂書房)の著者である細見末雄や、『植物和名の語源探究』(同)の著者の深津正による説では、「ジャノヒゲは蛇の鬚ではない」と説明している[9][注釈 2]。
分布・生育地
編集日本では北海道から九州まで[11]、東アジアからフィリピンの森林に広く分布する。丘陵地の林縁や林内、山野の樹木下、野原に自生する[11][12][13]。また、人家で栽培される[11]。
形態・生態
編集常緑の多年生草本[11]。草丈は7 - 15センチメートルで[7]、葉を叢生し、大株になる[14][11]。根は多数のひげ根が生え、一部が念珠状に肥厚する[14][11]。葉は地際から生え、線形で細長く、長さ10 - 20センチメートルほどで、幅は2 - 3ミリメートルぐらいになる[11][7][13]。匍匐茎を伸ばして増殖する[7]。
初夏(7 - 8月)に、葉の間から高さ7 - 18センチメートルほどの花茎を出し、花茎の上にややまばらな総状花序を形成し、淡紫色あるいは白色の小さい花を数個つける[11][12][13]。花茎の先が曲がって、花が下向きに咲き、花径は7 - 8ミリメートル[7]、花被片は楕円形[13]、子房は種子を1個含む。種子は球形で、成熟前に子房から露出し、深い青色に熟す[11][13]。
ジャノヒゲ及びその園芸品種であるチャボリュウノヒゲ(タマリュウ、ギョクリュウ)は、高い浸水及び冠水への耐性があり、根が水に浸された状況や水中などでも生存が可能である[注釈 3]。
利用
編集リュウノヒゲの名で、庭のグランドカバーとして用いられ[7]、よく植え込みにも用いられる[1]。
生薬
編集肥大した根を乾燥したものが生薬となり、麦門冬(ばくもんどう/ばくもんとう)と称する[11]。鎮咳・強壮などに用いる。日本薬局方に収録の生薬であり、ジャノヒゲの塊根を小葉麦門冬(しょうようばくもんとう)、ヤブランの塊根を大葉麦門冬といって区別することがある[11]。麦門冬は、麦門冬湯(ばくもんどうとう)、清肺湯(せいはいとう)などの漢方方剤に使われる[15]。
5月下旬から6月に株を掘り上げて、塊根部を採取して水洗いし、乾燥を早めるため湯通しをして天日乾燥させる[11]。塊根の中心を取り出したものは良品とされる[16]。 民間では、滋養強壮、鎮咳去痰、止渇、利尿を目的に、麦門冬6 - 10グラムを水400 ccでとろ火で半量になるまで煎じ、温かいうちに1日3回服用する用法が知られている[11]。
食用
編集茎は高知県などでは食用とされ、ゆがいてから更にアゲ(油揚げ)などと一緒に煮て食べる。
文化
編集- 青紫の果実は「龍の玉」と呼ばれ冬の季語。
- 蛇の髯の實の瑠璃なるへ旅の尿(いばり)(中村草田男」『来し方行方』所収)
近縁種
編集よく似ている近縁種に、葉の長さ幅ともに2倍ほど大きい同属のオオバジャノヒゲ(O. planiscapus)があるほか、花が上向きに咲き、黒い実がなる同科ヤブラン属のヤブラン(Liriope muscari)がある[11]。ジャノヒゲの特徴は、葉が細長く、花が下向きで、花後に青い種子をつけることから識別できる[7]。
脚注
編集注釈
編集- ^ 尾張で称されていた古名「ジャノヒゲ」は、ヤブラン属のヤブランの別名とする解説もある[8]。
- ^ また、朝日新聞社刊『週間百科 植物の世界』112号では、「和名は葉の形に由来するといわれているが、ヘビには髭がない。」とし、ジャノヒゲの語源に著者が疑問を懐いていることがうかがい知られると深津は解説している[10]。
- ^ 同じジャノヒゲ科の植物のうち、ノシランはジャノヒゲ及びチャボリュウノヒゲに劣るものの多少の耐性を持ち、オオバジャノヒゲ(及びヤブラン)の耐性はそれら3つよりかなり劣るという実験結果がある(参考:中村幸恵, 鈴木貢次郎, 近藤三雄, 「ヤブラン亜科5系統の冠水抵抗性の比較」『東京農業大学農学集報』 49巻 3号 P.98-104 2004年)。なお、長期間冠水したジャノヒゲの根には、イネが冠水した時にできるのと同様の、葉茎部で光合成により産生した酸素を根に送るための通気組織が観察されている(参考:鈴木貢次郎, 井出美奈子, 中村幸恵, 「長期間冠水したジャノヒゲ (Ophiopogon japonicus) の根の形態的特性」『芝草研究』 2007-2008年 36巻 2号 p.105-108, doi:10.11275/turfgrass1972.36.105。
出典
編集- ^ a b "Ophiopogon japonicus (Thunb.) Ker Gawl". Germplasm Resources Information Network (GRIN). Agricultural Research Service (ARS), United States Department of Agriculture (USDA). 2012年8月15日閲覧。
- ^ コトバンク - 猫玉: 出典は日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」
- ^ a b 『山溪名前図鑑 野草の名前 夏』p.63
- ^ a b c d e 深津正 2000, p. 286.
- ^ 深津正 2000, p. 287.
- ^ a b 『新牧野日本植物圖鑑』p.872
- ^ a b c d e f g 主婦と生活社編 2007, p. 111.
- ^ 稲垣栄洋監修 主婦の友社編 2016, p. 122.
- ^ 深津正 2000, pp. 276, 285.
- ^ 深津正 2000, pp. 229–230.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 馬場篤 1996, p. 64.
- ^ a b 大嶋敏昭監修 2002, p. 208.
- ^ a b c d e 近田文弘監修 亀田龍吉・有沢重雄著 2010, p. 227.
- ^ a b 新村出 編『広辞苑』(第六版)岩波書店、東京都千代田区一ツ橋2-5-5、2008年9月19日、1306頁。ISBN 978-4-00-080121-8。
- ^ 富山大学和漢医薬学総合研究所. “麦門冬 生薬学術情報”. 伝統医薬データベース. 2012年8月15日閲覧。
- ^ 馬場篤 1996, p. 94.
参考文献
編集- 稲垣栄洋監修 主婦の友社編『野に咲く花便利帳』主婦の友社、2016年11月10日。ISBN 978-4-07-418923-6。
- 大嶋敏昭監修『花色でひける山野草・高山植物』成美堂出版〈ポケット図鑑〉、2002年5月20日、208 - 209頁。ISBN 4-415-01906-4。
- 近田文弘監修 亀田龍吉・有沢重雄著『花と葉で見わける野草』小学館、2010年4月10日、227頁。ISBN 978-4-09-208303-5。
- 主婦と生活社編『野山で見つける草花ガイド』主婦と生活社、2007年5月1日、111頁。ISBN 978-4-391-13425-4。
- 馬場篤『薬草500種-栽培から効用まで』大貫茂(写真)、誠文堂新光社、1996年9月27日、64頁。ISBN 4-416-49618-4。
- 深津正『植物和名の語源探究』八坂書房、2000年4月25日。ISBN 4-89694-452-6。
関連項目
編集外部リンク
編集- 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Ophiopogon japonicus (Thunb.) Ker Gawl.”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2012年12月14日閲覧。
- "Ophiopogon japonicus (L. f.) Ker Gawl" (英語). Integrated Taxonomic Information System. 2012年12月14日閲覧。
- "Ophiopogon japonicus". National Center for Biotechnology Information(NCBI) (英語).
- "Ophiopogon japonicus" - Encyclopedia of Life
- 波田善夫. “ジャノヒゲ”. 植物雑学事典. 岡山理科大学生物地球学部. 2012年12月14日閲覧。