コリン・サーストン
コリン・サーストン(Colin Thurston、1947年7月13日 - 2007年1月15日)は、イギリス・ブレントフォード生まれの音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア。
コリン・サーストン Colin Thurston | |
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生誕 | 1947年7月13日 |
出身地 | イングランド ミドルセックス ブレントフォード |
死没 | 2007年1月15日(59歳没) |
ジャンル |
ロック ニュー・ウェイヴ シンセポップ |
職業 | 音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア |
活動期間 | 1977年 - 2007年 |
来歴
編集ミドルセックスのブレントフォードに生まれる[1]。トニー・ヴィスコンティに師事し、デヴィッド・ボウイの『ヒーローズ』(1977年)やイギー・ポップの『ラスト・フォー・ライフ』(1977年)にエンジニア・共同プロデューサーとして参加。
単独のプロデュースとしてはマガジンの『セカンドハンド・デイライト』(1979年)が初めてだった。同年にヒューマン・リーグのデビューアルバム『リプロダクションとシングル"I Don't depend on You"のプロデュースを担当した。
サーストンが一気に注目を集めたのはデュラン・デュランのデビューアルバム『デュラン・デュラン (アルバム)』(1981年)と『リオ (デュラン・デュランのアルバム)』(1982年)だった。他にもトーク・トークやカジャグーグーのプロデューサーを務めた。
1980年代後半からはカナダのBrouhahaというインディーズレーベル専属のプロデューサーになる。2007年1月に長い間苦しんだ病による死の前までプロデュース業を時折行っていた。
脚注
編集- ^ “findmypast.co.uk”. Search.findmypast.co.uk. 5 February 2015閲覧。