アミノ酸の代謝分解
アミノ酸の代謝分解(アミノさんのたいしゃぶんかい)とは、タンパク質を構成する個々のアミノ酸が分解され、クエン酸回路のおのおのの物質に転換されるまでの代謝経路である。
アミノ酸は最終的に二酸化炭素と水に分解されるか、糖新生に使用される。動物の代謝では、アミノ酸からのエネルギー供給は全体の10 - 15%である。
生じる代謝中間体によるアミノ酸の分類
編集アミノ酸は、ピルビン酸、2-オキソグルタル酸、スクシニルCoA、フマル酸、オキサロ酢酸、アセチルCoA、アセト酢酸の7物質のうちのどれかに分解され、これらのうちどれになるかで分類される。
糖新生の中間体であるピルビン酸、2-オキソグルタル酸、スクシニルCoA、フマル酸、オキサロ酢酸を生じるアミノ酸は糖原性アミノ酸である。アラニン、アルギニン、アスパラギン、セリン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、プロリン、メチオニン、バリン、ヒスチジンが該当する。
ロイシンとリシンは炭素骨格の分解でアセチルCoAかアセト酢酸を生じるのでケト原性アミノ酸である。動物はアセチルCoA及びアセト酢酸から糖を合成することはできない。
イソロイシン、チロシン、トリプトファン、トレオニン、フェニルアラニンは糖とケトン体の両方に変わることができるため糖原性アミノ酸、ケト原性アミノ酸の両方を兼ねるアミノ酸である。
アラニン、グリシン、システイン、セリン、トレオニン
編集アラニンとグリシン、システイン、セリン、そしてトレオニンはピルビン酸に分解される。なお、トリプトファンはアラニンにも分解するためここにも分類される。
セリンは、セリンデヒドラターゼによって脱水し、ピルビン酸を与える。この酵素はPLP酵素(脱アミノ反応を参照)であり、PLPシッフ塩基を形成してα水素を解離させ、さらにβヒドロキシ基を脱離する。ここで生じた生成物はアミノアクリル酸で、これは非酵素的にピルビン酸とアンモニアに加水分解する。
システインは様々な経路でピルビン酸に分解される。システインのチオール基は硫化水素、亜硫酸イオン、硫酸イオン、チオシアン酸イオンなどで放出される。
グリシンはセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼでセリンに変えられる。この酵素の補因子として5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸(5,10-メチレンTHF)が用いられる。
反応の概略図 | 酵素等 |
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(1) - アラニントランスアミナーゼ (2) - セリンデヒドラターゼ (3) - グリシン開裂系 (4),(5) - セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ (6) - L-トレオニン-3-デヒドロゲナーゼ (7) - グリシン-C-アセチルトランスフェラーゼ |
アスパラギン、アスパラギン酸
編集アスパラギン酸はトランスアミナーゼでアミノ転移されてオキサロ酢酸を生じる。アスパラギンはアスパラギナーゼで加水分解されてアスパラギン酸に変換されてから同様にオキサロ酢酸に分解される。
アルギニン、グルタミン、グルタミン酸、ヒスチジン、プロリン
編集アルギニン、グルタミン、ヒスチジン、プロリンはグルタミン酸に分解され、グルタミン酸はグルタミン酸デヒドロゲナーゼによって2-オキソグルタル酸に酸化される。
グルタミンはグルタミナーゼで加水分解されてグルタミン酸へ変換される。
ヒスチジンは、非酸化的脱アミノの後、イミダゾール環が開環してN-ホルムイミノグルタミン酸を生じ、ホルムイミノ基がテトラヒドロ葉酸(THF)に転移してグルタミン酸と5-ホルムイミノテトラヒドロ葉酸(5-ホルムイミノTHF)に分解される。
アルギニンおよびプロリンは共にグルタミン酸 5-セミアルデヒドを経てグルタミン酸が生じる。
反応の概略図 | 酵素等 |
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(1) - グルタミン酸デヒドロゲナーゼ (2) - グルタミナーゼ (3) - アルギナーゼ (4) - オルニチン 5-トランスアミナーゼ (5) - グルタミン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ (6) - プロリンオキシダーゼ (7) - 非酵素反応 (8) - ヒスチジンアンモニアリアーゼ (9) - ウロカニン酸ヒドラターゼ (10) - イミダゾロンプロピオナーゼ (11) - グルタミン酸ホルムイミノトランスフェラーゼ |
メチオニン
編集メチオニンは始め、アデノシン三リン酸(ATP)と反応してS-アデノシルメチオニン(SAMもしくはAdoMet)に変わる。SAMは強いメチル基供与体であり、ホスファチジルエタノールアミンをホスファチジルコリンにしたり、アドレナリンをノルアドレナリンにしたりする。SAMは基質にメチル基を供与するとS-アデノシルホモシステインとなる。S-アデノシルホモシステインはアデノシンとホモシステインに加水分解され、そのうちホモシステインはメチル基が再生されてメチオニンに戻る経路とセリンと結合してシスタチオニンになる経路とに分かれる。
反応の概略図 | 酵素等 |
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(1) - メチオニンアデノシルトランスフェラーゼ (2) - メチルトランスフェラーゼ (3) - アデノシルホモシステイナーゼ (4) - 5-メチルTHF-ホモシステインメチルトランスフェラーゼ(メチオニンシンターゼ) (5) - シスタチオニンβ-シンターゼ(PLP酵素) (6) - シスタチオニンγ-リアーゼ(PLP酵素) (7) - α-ケト酸デヒドロゲナーゼ (8) - プロピオニルCoAカルボキシラーゼ (9) - メチルマロニルCoAエピメラーゼ (10) - メチルマロニルCoAムターゼ (11) - グリシン開裂系 (12) - 5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸レダクターゼ |
メチオニン分解系の異常
編集ホモシステインの生成と分解のバランスが崩れることによって高ホモシステイン血症が起こる。高ホモシステイン血症は、出生時の乳児に新血管病、認識障害、神経管損傷(脊椎被裂と無脳症の原因)といった重大な疾患を引き起こさせる。高ホモシステイン血症は妊婦へのビタミンB6、B12、葉酸の摂取で予防することができる。
分枝鎖アミノ酸
編集イソロイシンとバリン
編集イソロイシンとバリンの分解の始めの4ステップは共通の4酵素で反応する。
反応の概略図 | 酵素等 |
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(1) - 分枝鎖アミノ酸トランスアミナーゼ (2) - 分枝αケト酸デヒドロゲナーゼ(BCKDH) (3) - アシルCoAデヒドロゲナーゼ (4) - エノイルCoAヒドラターゼ |
イソロイシン由来の3-ヒドロキシ-2-メチルブチリルCoAの分解経路ではプロピオニルCoAの他にアセチルCoAも生成する。
反応の概略図 | 酵素等 |
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(1) - 3-ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ (2) - アセチルCoAアセチルトランスフェラーゼ (3) - 3-ヒドロキシイソブチリルCoAヒドロラーゼ (4) - 3-ヒドロキシイソ酪酸デヒドロゲナーゼ (5) - メチルマロン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ |
ロイシン
編集反応の概略図 | 酵素等 |
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(1) - 分枝鎖アミノ酸トランスアミナーゼ (2) - 分枝α-ケト酸デヒドロゲナーゼ (3) - イソバレリルCoAデヒドロゲナーゼ (4) - メチルクロトニルCoAカルボキシラーゼ (5) - 3-メチルグルタコニルCoAヒドラターゼ (6) - HMG-CoAリアーゼ |
分枝鎖アミノ酸分解系の異常
編集分枝α-ケト酸デヒドロゲナーゼ(BCKDH)が欠損することによってメープルシロップ尿症(英:Maple syrup urine disease,MSUD)が起こる。この名称は、酵素の欠損で過剰となった分枝α-ケト酸が尿に排出され、尿がメープルシロップのような芳香を呈することに由来する。メープルシロップ尿症は常染色体劣性遺伝病であり、生後すぐに治療しなければまもなく死に至る。
リシン
編集リシンは、全部で11の反応でアセト酢酸とアセチルCoAに分解される。リシンには複数の代謝経路が存在するが、哺乳類の肝臓ではサッカロピンを中間体とした経路で行われる。全11の反応の内、反応4はPLP酵素による反応、反応5はα-ケト酸による酸化的脱炭酸、反応6,8,9はβ酸化、反応10,11はケトン体生成反応である。
反応の概略図 | 酵素等 |
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(1),(2) - サッカロピンデヒドロゲナーゼ (3) - アミノアジピン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ (4) - 2-アミノアジピン酸トランスアミナーゼ(PLP酵素) (5) - α-ケト酸デヒドロゲナーゼ (6) - グルタリルCoAデヒドロゲナーゼ (7) - デカルボキシラーゼ (8) - エノイルCoAヒドラターゼ (9) - 3-ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ (10) - HMG-CoAシンターゼ (11) - HMG-CoAリアーゼ |
リシン分解系の異常
編集リシン分解系の最初の酵素が欠損してサッカロピンが合成されないと、高リシン血症、高リシン尿症となる。このため、哺乳類はサッカロピンを経る経路でリシンが分解されているということが解明された。
トリプトファン
編集トリプトファンは16の反応でアラニンとアセト酢酸に分解する。1 - 5の反応はキヌレニン経路の一部分、10 - 16の反応はリシンの分解経路の5 - 11と同じである。また、反応5ではベンゼン環が開環する。
反応の概略図 | 酵素等 |
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(1) - トリプトファン-2,3-ジオキシゲナーゼ (2) - アリールホルムアミダーゼ (3) - キヌレニン-3-モノオキシゲナーゼ (4) - キヌレニナーゼ(PLP酵素) (5) - 3-ヒドロキシアントラニル酸-3,4-ジオキシゲナーゼ (6) - アミノカルボキシムコン酸セミアルデヒドデカルボキシラーゼ (7) - アミノムコン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ (8) - ヒドラターゼ (9) - デヒドロゲナーゼ (10) - (16)はリシン分解経路の5 - 11に同じ。 |
フェニルアラニン、チロシン
編集フェニルアラニンはチロシンを経由してアセト酢酸とフマル酸に分解される。
反応の概略図 | 酵素等 |
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(1) - フェニルアラニン 4-モノオキシゲナーゼ (2) - チロシントランスアミナーゼ (3) - 4-ヒドロキシフェニルピルビン酸ジオキシゲナーゼ (4) - ホモゲンチジン酸 1,2-ジオキシゲナーゼ (5) - マレイルアセト酢酸イソメラーゼ (6) - フマリルアセトアセターゼ |
フェニルアラニン分解系の異常
編集フェニルアラニン分解系に異常があるとアルカプトン尿症またはフェニルケトン尿症(PKU)が発症する。アルカプトン尿症は、ホモゲンチジン酸1,2-ジオキシゲナーゼの欠損で引き起こされ、多量のホモゲンチジン酸が尿に混入する。ホモゲンチジン酸は空気酸化するため尿は黒色になる。一方、フェニルケトン尿症はフェニルアラニンが最初にヒドロキシル化されないことで起こる。これによって血中のフェニルアラニンの濃度が上昇し、フェニルアラニン血症を呈する。過剰となったフェニルアラニンは別の経路でフェニルピルビン酸に変換され、それが尿に排出される。
参考文献
編集- 『ヴォート生化学 第3版』 DONALDO VOET・JUDITH G.VOET 田宮信雄他訳 東京化学同人 2005.2.28