1991年世界陸上競技選手権大会

陸上競技の国際大会

1991年世界陸上競技選手権大会(1991ねんせかいりくじょうきょうぎせんしゅけんたいかい)は、1991年に開催された、世界陸上競技選手権大会の第3回大会。日本東京国立霞ヶ丘競技場陸上競技場をメイン会場とし、1991年8月23日から9月1日まで開催された。43種目(男子24・女子19種目)が実施され、167の国・地域から1517人の選手が参加した[1]。この大会では男子100m(9秒86・カール・ルイス)と男子4×100mリレー(37秒50・アメリカ合衆国)、男子走幅跳(8m95・マイク・パウエル)の世界新記録が誕生した。

第3回世界陸上競技選手権大会
第3回世界陸上競技選手権大会
第3回世界陸上競技選手権大会
開催地 日本東京
期間 8月23日 – 9月1日
メイン会場 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場
参加国 167か国
参加選手 1517人
種目数 43種目

なお、マラソンコースは東京国際マラソン東京国際女子マラソン(当時・現在は東京マラソンのコースの一部が重複されている)と同じコースだった。

解説

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大会のハイライトは、男子走幅跳の決勝であった。

男子100mを当時の世界記録である9秒86で優勝したカール・ルイスが追い風参考ながら世界記録を上回る8m91を跳んだ直後、マイク・パウエルはそれを更に上回る8m95を跳び、ボブ・ビーモン1968年メキシコオリンピックで樹立した世界記録を23年ぶりに更新した。なお、パウエルの樹立した8m95は2023年現在でも世界記録である。

また山下佐知子が女子マラソンで銀メダルに輝き、日本人初の表彰台となった。男子マラソン表彰式では、当時の内閣総理大臣海部俊樹)により谷口浩美に日本人初となる金メダルが授与された。

獲得メダル一覧

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国別メダル受賞数

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国・地域
1   アメリカ合衆国 10 8 8 26
2   ソビエト連邦 9 9 11 29
3   ドイツ 5 4 8 17
4   ケニア 4 3 1 8
5   イギリス 2 2 3 7
6   中国 2 1 1 4
7   アルジェリア 2 0 1 3
8   ジャマイカ 1 1 3 5
9   フィンランド 1 1 1 3
10   フランス 1 1 0 2
10   日本 1 1 0 2
12   ブルガリア 1 0 0 1
12   イタリア 1 0 0 1
12   ポーランド 1 0 0 1
12   スイス 1 0 0 1
12   ザンビア 1 0 0 1
17   キューバ 0 2 0 2
18   カナダ 0 1 1 2
18   ハンガリー 0 1 1 2
18   ルーマニア 0 1 1 2
21   ブラジル 0 1 0 1
21   ジブチ 0 1 0 1
21   エチオピア 0 1 0 1
21   ナミビア 0 1 0 1
21   オランダ 0 1 0 1
21   ノルウェー 0 1 0 1
21   スウェーデン 0 1 0 1
28   モロッコ 0 0 2 2
29   スペイン 0 0 1 1
Total 43 43 43 129

男子

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1983 | 1987 | 1991 | 1993 | 1995

競技種目
トラック競技
100m カール・ルイス
  アメリカ合衆国
9秒86
世界新
リロイ・バレル
  アメリカ合衆国
9秒88 デニス・ミッチェル
  アメリカ合衆国
9秒91
200m マイケル・ジョンソン
  アメリカ合衆国
20秒01 フランク・フレデリクス
  ナミビア
20秒34 アトリー・マホーン
  カナダ
20秒49
400m アントニオ・ペティグルー
  アメリカ合衆国
44秒57 ロジャー・ブラック
  イギリス
44秒62 ダニー・エベレット
  アメリカ合衆国
44秒63
800m ビリー・コンチェラー
  ケニア
1分43秒99 ホセ・ルイス・バルボサ
  ブラジル
1分44秒24 マーク・エベレット
  アメリカ合衆国
1分44秒67
1500m ヌールディン・モルセリ
  アルジェリア
3分32秒84
大会新
ウィルフレッド・キロチ
  ケニア
3分34秒84 ハウケ・フールブリュッゲ
  ドイツ
3分35秒28
5000m ヨベス・オンディエキ
  ケニア
13分14秒45
大会新
フィタ・バイッサ
  エチオピア
13分16秒64 ブラヒム・ブタイブ
  モロッコ
13分22秒70
10000m モーゼス・タヌイ
  ケニア
27分38秒74 リチャード・チェリモ
  ケニア
27分39秒41 ハリド・スカー
  モロッコ
27分41秒74
マラソン 谷口浩美
  日本
2時間14分57秒 アーメド・サラ
  ジブチ
2時間15分26秒 スティーブ・スペンス
  アメリカ合衆国
2時間15分36秒
110mハードル グレッグ・フォスター
  アメリカ合衆国
13秒06 ジャック・ピアース
  アメリカ合衆国
13秒06 トニー・ジャレット
  イギリス
13秒25
400mハードル サミュエル・マテテ
  ザンビア
47秒64 ウィンスロップ・グラハム
  ジャマイカ
47秒74 クリス・アカブシ
  イギリス
47秒86
3000m障害 モーゼス・キプタヌイ
  ケニア
8分12秒59 パトリック・サング
  ケニア
8分13秒44 アゼディーン・ブラーミ
  アルジェリア
8分15秒54
20km競歩 マウリツイオ・ダミラノ
  イタリア
1時間19分37秒
大会新
ミハイル・シチェンニコフ
  ソビエト連邦
1時間19分46秒 エフゲニー・ミシュリア
  ソビエト連邦
1時間20分22秒
50km競歩 アレクサンドル・ポタショフ
  ソビエト連邦
3時間53分09秒 アンドレイ・ペルロフ
  ソビエト連邦
3時間53分09秒 ハートヴィッヒ・ガウダー
  ドイツ
3時間55分14秒
4×100mリレー アンドレ・ケーソン
リロイ・バレル
デニス・ミッチェル
カール・ルイス
  アメリカ合衆国
37秒50
世界新
マクシ・モリニエール
ダニエル・サングーマ
ジャン=シャルレ・トルアバル
ブルーノ・マリーローズ
  フランス
37秒87 トニー・ジャレット
ジョン・レジス
ダレン・ブレイスウェイト
リンフォード・クリスティ
  イギリス
38秒09
4×400mリレー ロジャー・ブラック
デレク・レドモンド
ジョン・レジス
クリス・アカブシ
  イギリス
2分57秒53 アンドリュー・バルモン
クインシー・ワッツ
ダニー・エベレット
アントニオ・ペティグルー
  アメリカ合衆国
2分57秒57 パトリック・オコナー
デヴォン・モリス
ウィンスロップ・グラハム
セイモア・フェーガン
  ジャマイカ
3分00秒10
フィールド競技
走高跳 チャールズ・オースチン
  アメリカ合衆国
2m38cm
大会タイ
ハビエル・ソトマヨル
  キューバ
2m36cm ホリス・コンウェイ
  アメリカ合衆国
2m36cm
棒高跳 セルゲイ・ブブカ
  ソビエト連邦
5m95cm
大会新
イシュトヴァン・バギュラ
  ハンガリー
5m90cm マクシム・タラソフ
  ソビエト連邦
5m85cm
走幅跳 マイク・パウエル
  アメリカ合衆国
8m95cm
世界新
カール・ルイス
  アメリカ合衆国
8m91cm ラリー・マイリックス
  アメリカ合衆国
8m42cm
三段跳 ケニー・ハリソン
  アメリカ合衆国
17m78cm レオニード・ヴォローシン
  ソビエト連邦
17m75cm マイク・コンリー
  アメリカ合衆国
17m62cm
砲丸投 ウェルナー・ギュンター
  スイス
21m67cm ラース・ニルセン
  ノルウェー
20m75cm アレクサンドル・クリメンコ
  ソビエト連邦
20m34cm
円盤投 ラルス・リーデル
  ドイツ
66m20cm エリック・デブルーイン
  オランダ
65m82cm アッティラ・ホルバート
  ハンガリー
65m32cm
ハンマー投 ユーリ・セディフ
  ソビエト連邦
81m70cm イゴール・アスタプコビッチ
  ソビエト連邦
80m94cm ハインツ・バイス
  ドイツ
80m44cm
やり投 キモ・キンヌネン
  フィンランド
90m82cm セポ・ラテュ
  フィンランド
88m12cm ウラジミール・サシモビッチ
  ソビエト連邦
87m08cm
十種競技 ダン・オブライエン
  アメリカ合衆国
8812点
大会新
マイク・スミス
  カナダ
8549点 クリスチャン・シェンク
  ドイツ
8394点

女子

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1983 | 1987 | 1991 | 1993 | 1995

競技種目
トラック競技
100m カトリン・クラッベ
  ドイツ
10秒99 グウェン・トーレンス
  アメリカ合衆国
11秒03 マリーン・オッティ
  ジャマイカ
11秒06
200m カトリン・クラッベ
  ドイツ
22秒09 グウェン・トーレンス
  アメリカ合衆国
22秒16 マリーン・オッティ
  ジャマイカ
22秒21
400m マリー=ジョゼ・ペレク
  フランス
49秒13 グリット・ブロイアー
  ドイツ
49秒42 サンドラ・ミエルス
  スペイン
49秒78
800m リリヤ・ヌルトディノワ
  ソビエト連邦
1分57秒50 アナ・フィデリア・キロット
  キューバ
1分57秒55 エラ・コバクス
  ルーマニア
1分57秒58
1500m ハシバ・ブールメルカ
  アルジェリア
4分02秒21 タチアナ・ドロフスキフ
  ソビエト連邦
4分02秒58 リュドミラ・ロガチョワ
  ソビエト連邦
4分02秒72
3000m タチアナ・ドロフスキフ
  ソビエト連邦
8分35秒82 エレーナ・ロマノワ
  ソビエト連邦
8分36秒06 スーザン・シルマ
  ケニア
8分39秒41
10000m リズ・マッコルガン
  イギリス
31分14秒31 鐘煥娣
  中国
31分35秒08 王秀婷
  中国
31分35秒99
マラソン ワンダ・パンフィル
  ポーランド
2時間29分53秒 山下佐知子
  日本
2時間29分57秒 カトリン・ドーレ
  ドイツ
2時間30分10秒
100mハードル リュドミラ・ナロジレンコ
  ソビエト連邦
12秒59 ゲイル・ディバース
  アメリカ合衆国
12秒63 ナタリア・グリゴリエワ
  ソビエト連邦
12秒69
400mハードル タチアナ・レドフスカヤ
  ソビエト連邦
53秒11
大会新
サリー・ガネル
  イギリス
53秒16 ジャニーン・ヴィッカース
  アメリカ合衆国
53秒47
10km競歩 アリーナ・イワノワ
  ソビエト連邦
42分57秒
大会新
マデリーン・スベンソン
  スウェーデン
43分13秒 サリ・エサヤ
  フィンランド
43分13秒
4×100mリレー ダリア・ディアニー
ジュリエット・カスバート
ビバリー・マクドナルド
マリーン・オッティ
  ジャマイカ
41秒94 ナタリヤ・コフツン
ガリーナ・マルチュギナ
エレーナ・ビノグラドワ
イリーナ・プリワロワ
  ソビエト連邦
42秒20 グリット・ブロイアー
カトリン・クラッベ
ザビーネ・リヒター
ハイケ・ドレクスラー
  ドイツ
42秒33
4×400mリレー タチアナ・レドフスカヤ
リュドミラ・ジガロワ
オルガ・ナザロワ
オルガ・ブリズギナ
  ソビエト連邦
3分18秒43 ロシェル・スティーブンス
ダイアン・ディクソン
ジール・マイルス
Lillie Leatherwood
  アメリカ合衆国
3分20秒15 ユタ・ローレンダー
カトリン・クラッベ
クリスティン・バヒテル
グリット・ブロイアー
  ドイツ
3分21秒25
フィールド競技
走高跳 ハイケ・ヘンケル
  ドイツ
2m05cm エレーナ・エレシナ
  ソビエト連邦
1m98cm インガ・ババコワ
  ソビエト連邦
1m96cm
走幅跳 ジャッキー・ジョイナー=カーシー
  アメリカ合衆国
7m32cm ハイケ・ドレクスラー
  ドイツ
7m29cm ラリサ・ベレズナヤ
  ソビエト連邦
7m11cm
砲丸投 黄志紅
  中国
20m83cm ナタリア・リソフスカヤ
  ソビエト連邦
20m29cm スベトラーナ・クリベリョワ
  ソビエト連邦
20m16cm
円盤投 ツベタンカ・フリストワ
  ブルガリア
71m02cm イルケ・ヴィルダ
  ドイツ
69m12cm ラリサ・ミハルチェンコ
  ソビエト連邦
68m26cm
やり投 徐徳妹
  中国
68m78cm ペトラ・マイアー
  ドイツ
68m68cm シルケ・レンク
  ドイツ
66m80cm
七種競技 ザビーネ・ブラウン
  ドイツ
6672点 リリアナ・ナスタゼ
  ルーマニア
6493点 イリーナ・ベロワ
  ソビエト連邦
6448点

その他

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  • 本大会を独占中継した日本テレビ系列は平日・昼間の時間帯にもかかわらず、予選からの完全中継をあえて実施し、注目種目以外の種目まで放送したことが本大会への関心をよび、当初予想した以上の視聴率を獲得したことで、日本テレビでは全職員に異例の社長賞として臨時ボーナスを出すに至った。また、国内映像と国際映像の製作を同時に行い、「箱根駅伝」の完全生中継に成功したスタッフが作成した国際映像は、各国から高い評価を受けた。
  • 更に、競歩種目の完全生中継はこの時が日本初であった。しかしこのあと日本における世界陸上で競歩種目の完全生中継は16年後の2007年大阪大会まで行われなかった。
  • また毎年8月に放送している「24時間テレビ」を7月27日7月28日に移行した。ただ、この年は6.6%の最低視聴率だった。
  • 男子砲丸投では2位にゲオルグ・アンデルセン(ノルウェー)が入ったが、後のドーピング検査で陽性となり失格。3位以降が繰り上がる結果となった。
  • 開会式においては音楽を坂本龍一が担当した。
  • 国立競技場は、便器の数を増やしたり[2]、前年の1990年にトラックを『レオタンαエンボス』(ローラーエンボス仕上げ)に改修したりした[3]
  • 閉会式では、阿波踊りが行なわれた。

文化的影響

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テレビ中継ではプロ野球・読売ジャイアンツ元監督の長嶋茂雄やタレントの宮沢りえが特別レポーターを務めた[4]。長嶋は男子100m走決勝戦でカール・ルイスが優勝した際に競技を終えて控え室へと引き上げていくルイスに対して「ヘイ、カール!」と呼びかけてインタビューを試みた[4] が、その模様は長嶋が常に日本語で語りかけるのに対し、ルイスは英語で返答するというものだった[4]

両者のちぐはぐな構図はテレビ番組制作者の関心を集め[4]、「長嶋のルイスに対するインタビュー」の場面は日本国内のテレビメディアでしばしば取り上げられた[4]1980年代からはプロ野球を「笑い」の対象とした『プロ野球珍プレー・好プレー大賞』という番組がすでに放送されていたが、この大会後に芸能人とスポーツ選手を隔てていた垣根は急速に取り除かれ[4]、「視聴率を獲得する為の工夫」の一環としてスポーツ選手や競技を「笑い」の対象と見做した番組作りが行われるようになった[4]。スポーツ選手を「笑い」の対象とした番組作りについてスポーツ関係者や研究者は「スポーツ認識の浅薄さの表れ」と指摘している[4]

脚注

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  1. ^ 読売新聞大阪本社編 『IAAF世界陸上2007大阪大会報告書』 IAAF世界陸上2007大阪大会組織委員会 2008年、10ページ
  2. ^ 原発禍!「フクシマ」ルポ―39 - スポーツデザイン研究所(岡邦行)2014年7月14日
  3. ^ 新着情報 【国立霞ヶ丘競技場のオーバーレイが完成】 - 日本体育施設
  4. ^ a b c d e f g h 中村敏雄著、吉田文久編『中村敏雄著作集 第8巻 フットボールの文化論』創文企画、2009年、306-310頁。ISBN 978-4921164836 

関連項目

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外部リンク

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