鷺山村
日本の岐阜県稲葉郡にあった村
鷺山村(さぎやまむら)はかつて岐阜県稲葉郡に存在した村である。
さぎやまむら 鷺山村 | |
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中央の小高い山が鷺山城のあった鷺山 | |
廃止日 | 1935年6月15日 |
廃止理由 |
編入 三里村・鷺山村 → 岐阜市 |
現在の自治体 | 岐阜市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方、東海地方 |
都道府県 | 岐阜県 |
郡 | 稲葉郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 3.19 km2. |
総人口 |
1,632人 (1934年12月) |
隣接自治体 | 岐阜市、稲葉郡則武村、黒野村、木田村、常磐村 |
鷺山村役場 | |
所在地 | 岐阜県稲葉郡鷺山村 |
座標 | 北緯35度27分04秒 東経136度45分08秒 / 北緯35.45108度 東経136.75211度座標: 北緯35度27分04秒 東経136度45分08秒 / 北緯35.45108度 東経136.75211度 |
ウィキプロジェクト |
現在の岐阜市の北部であり、伊自良川、鳥羽川、天神川、正木川[1]に挟まれた地域である。
長らく農村地帯であったが、商業施設のマーサ21の開店をきっかけに開発が進み、分譲住宅地が数多く建設されている。
歴史
編集- 鎌倉時代の文治年間(1185年 - 1190年)、佐竹秀義が鷺山城を築城する。鷺山城は後に美濃国守護大名である土岐氏の城となる。
- 戦国時代の1548年(天文17年)、斎藤道三が鷺山城に隠居する。鷺山城は1556年(弘治2年)長良川の戦い後、廃城となる。
- 江戸時代末期、この地域は美濃国方県郡に属し、天領、尾張藩領の混在地域であった。
- 1889年(明治22年)7月1日 - 町村制により鷺山村が発足。
- 1897年(明治30年)4月1日[2] - 方県郡の一部、厚見郡、各務郡が合併し、稲葉郡となる。この地域は稲葉郡となる。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 鷺山村、正木村、下土居村が合併し、鷺山村となる。
- 1935年(昭和10年)6月15日 - 岐阜市に編入される。
旧跡・観光など
編集学校
編集- 鷺山尋常高等小学校(現・岐阜市立鷺山小学校)
その他
編集- 岐阜市営バスの最初の路線は、1950年(昭和25年)、鷺山と岐阜駅を結ぶ路線であった。これは旧・鷺山村の住民の強い要望がきっかけであったという。
- 戦後1947年からは鷺山地区の宅地開発が進んだが、入居を優先し住所の整備を後回しにしたため、「岐阜市鷺山1769番地2」が249世帯、「鷺山1768番地5」が59世帯と同じ番地を持つ世帯が約300世帯存在していた。宅配や消防にも影響が出ることから、市は2019年2月4日に住居表示を実施し当該地区は「鷺山南○番○号」となった [3][4]。岐阜市の見解ではあくまで新町名ではなく「鷺山」町内の「南○番」という扱いだが、郵便局は新たに「鷺山南」として郵便番号を付与している。
脚注
編集- ^ 長良川の支流の古々川(1939年(昭和14年)の改修工事で廃川)の跡。
- ^ 『揖斐郡志』、揖斐郡教育会、1924年12月、292-295頁
- ^ 岐阜市 「鷺山1769の2」に新住居表示 「249世帯同住所」解消へ 読売新聞 2018年3月23日
- ^ 平成31年2月4日実施 鷺山南地区住居表示 岐阜市