陽徳郡
陽徳郡(ヤンドクぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国平安南道に属する郡。
位置 | |
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各種表記 | |
チョソングル: | 양덕군 |
漢字: | 陽德郡 |
日本語読み仮名: | ようとくぐん |
片仮名転写: | ヤンドク=クン |
ローマ字転写 (MR): | Yangtŏk kun |
統計(2008年) | |
面積: | 772 km2 |
総人口: | 61,355 人 |
人口密度: | 79.48 人/km2 |
行政 | |
国: | 朝鮮民主主義人民共和国 |
上位自治体: | 平安南道 |
地理
編集隣接行政区
編集行政区域
編集1邑・18里を管轄する。
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歴史
編集前近代
編集高麗時代の938年、陽巌鎮が設置された。983年には新たに樹徳鎮が置かれた。
朝鮮王朝初期の1396年、陽巌鎮と樹徳鎮を合わせて陽徳県が置かれ、西北面に属した。1413年以降平安道に属した。
近代
編集1895年、平壌府所属の陽徳郡となり(二十三府制)、1896年に平安南道所属となった(十三道制)。1914年、大邱面を成川郡に移管し、9面からなる陽徳郡が編成された。1943年には陽徳面が陽徳邑に昇格した。
1945年8月15日の時点で、陽徳郡には1邑6面(陽徳邑、東陽面、大倫面、温泉面、双龍面、化村面、呉江面)が存在した。
第二次世界大戦後
編集1952年12月、双龍面・化村面・呉江面が分割されて新陽郡が編成され、残る陽徳面・東陽面・大倫面・温泉面で陽徳郡が再編された(1邑22里)。
1967年には2里が新陽郡に編入された。
2003年時点で、1邑18里から構成される。
年表
編集この節の出典[1]
- 1914年4月1日 - 郡面併合により、平安南道陽徳郡の一部(大邱面)が成川郡に編入。陽徳郡に以下の面が成立。(9面)
- 郡内面・大倫面・温泉面・九龍面・洛川面・下龍面・上龍面・化村面・呉江面
- 1924年 - 郡内面が東陽面に改称。(9面)
- 1929年4月1日 (7面)
- 九龍面・洛川面が合併し、陽徳面が発足。
- 下龍面および上龍面の一部が合併し、双龍面が発足。
- 上龍面の残部が化村面に編入。
- 1941年10月1日 - 陽徳面が陽徳邑に昇格。(1邑6面)
- 1947年 - 陽徳邑が陽徳面に降格。(7面)
- 1952年12月 - 郡面里統廃合により、平安南道陽徳郡陽徳面・大倫面・温泉面・東陽面をもって、陽徳郡を設置。陽徳郡に以下の邑・里が成立。(1邑22里)
- 陽徳邑・龍渓一里・龍渓二里・太興里・樹徳里・平元里・松洞里・雲倉里・鳳渓里・温井里・日巌里・隠下里・巨上里・上信里・龍巌里・三渓里・上城里・東陽里・龍坪里・士基里・九龍里・通洞里・楸馬里
- 1954年 (1邑20里)
- 龍渓一里および龍渓二里の一部が陽徳邑に編入。
- 龍渓二里の残部が上信里に編入。
- 1967年 - 平元里・松洞里が新陽郡に編入。(1邑18里)
- 1991年 - 太興里・樹徳里の各一部が陽徳邑に編入。(1邑18里)
陽徳温泉文化休養地
編集陽徳温泉文化休養地(양덕온천문화휴양지)は北朝鮮が陽徳郡で開発したリゾート施設である。温泉施設・宿泊施設の他スキー場なども設けられている。金正恩を迎えて2019年12月7日に竣工式が行われた[2][3]。2020年1月10日に営業を始めるも新型コロナウイルス感染症対策のため2月25日から休業に入っている[4]。
施設整備には2億ドル近くもの「革命資金」が投じられた[5]。
交通
編集脚注
編集- ^ 평안남도 양덕군 역사
- ^ 조선중앙통신사가 양덕온천문화휴양지건설에 대한 보도 발표|The Choson Sinbo Online
- ^ “金正恩氏、温泉リゾート地の竣工式に参加”. デイリーNKジャパン. (2019年12月8日) 2020年8月9日閲覧。
- ^ “ユニバーサルスタジオジャパンの広さ3倍 北朝鮮の温泉施設がオープンするも休業へ”. コリアワールドタイムズ. (2020年3月5日) 2020年10月24日閲覧。
- ^ “金正恩がダマされた…外国スパイ機関が仕掛けたリゾート詐欺でドル金庫は空に”. デイリー新潮. (2020年8月8日) 2020年8月9日閲覧。