鉛中毒(なまりちゅうどく、: lead poisoning)とは、の摂取を原因とする中毒のことである。重金属中毒の一種に分類される。かつては鉛毒(えんどく)ともいった。

概要

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鉛は食物にもごく微量が含まれており、日常的に摂取されている。鉛は少量でも脳に障害を与える可能性がある[1]。そのような自然由来の鉛では、急性の中毒症状を起こす量を摂取することは通常において考えにくいものの、鉛に汚染された食品の摂取や鉛含有塗料片の経口摂取が起きた場合には鉛の排泄が追いつかず体内に蓄積され、健康に悪影響をおよぼす。また、鉛の有機化合物テトラエチル鉛など)は細胞膜を通して摂取されるため、容易に中毒症状を起こす[2][3]

鉛はヘモグロビン合成を阻害するため、血液塗抹標本上では有核赤血球好塩基性斑点が認められる。急性中毒では嘔吐腹痛ショックなどを示し、慢性中毒では、初期症状として、疲労睡眠不足便秘、摂取量が増えるに連れ、腹痛、貧血神経炎などが現れ、最悪の場合、脳変性症に至る[4]

主に消化器症状、神経症状が認められる。また、貧血が認められることもある。肉眼的所見として脳水腫、大脳皮質の軟化、組織学的所見として脳回頂部における海綿状変化、血管内皮細胞腫大、星状膠細胞腫大、虚血性神経細胞死が確認される。肝細胞、尿細管上皮細胞、破骨細胞の核内に好酸性封入体が認められることがある。

注意欠陥・多動性障害 (ADHD) との関連が指摘されている[5][6][7]

鉛の毒性

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肝臓に多く蓄積し、他の臓器や組織にも広く分布する[8]。鉛中毒における毒性の原因は酵素の働きを阻害することである。体内に入った鉛は酵素のチオール基(SH基)と強固に結合し、チオール基を有する種々の酵素の働きを阻害する。特に造血組織でアミノレブリン酸脱水酵素のSH基に結合して貧血を起こすことが典型例である。造血組織でのアミノレブリン酸脱水酵素の阻害は、貧血症状とともに激しい腹痛神経症状を示すポルフィリン症を引き起こすことが知られている。

また、小児は成人よりも鉛を経口摂取した場合の消化管からの鉛の吸収率が高く、成人では経口摂取しても10%程度の吸収率であるのに対し、小児が経口摂取すると約50%が吸収される[9]。このようなこともあり、小児には少量でも知能指数低下[10]や神経障害の原因となる場合がある[11][12]。また、胎児においては子宮内鉛曝露量が多いほど出生時の体重が低いとする研究がある[13]

治療

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エチレンジアミン四酢酸 (Ca-EDTA) やエデト酸二ナトリウムカルシウム (Ca, Na2-EDTA)[14] などによって鉛の排出を促す治療方法があり[15]、その1つとしてキレーション療法が挙げられる。

鉛摂取ルート

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ヒト動物野生動物家畜ペット)の主な摂取ルートとしては、以下のような経路が知られている。

特に野生動物の場合は、

  • 食物連鎖のルート - 鉛に汚染された水・土壌で育った動植物、それを食べた上位動物
  • 狩猟で使われる銃弾(散弾、ライフル)の半矢状態で体内に残存した場合
  • 鳥が小石と間違えて鉛を飲み込む場合 - 鳥は消化を助けるため、適当な大きさの小石を飲み込んで砂嚢に蓄える習性がある[26]北海道では2014年10月1日から狩猟用鉛弾の所持が禁止された[27]

近代の鉛中毒の歴史

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産業革命後の欧州では鉛の使用料は急激に増加して鉛中毒が拡大した。ベルリンでは1889年に1,477名が中毒し、イギリスでは1900年に1,058名の中毒(うち死亡382名)があった[28]

日本においては、1879年(明治12年)ごろから子供の玩具として鉛めんこが普及しており、特に日露戦争のあとは男子も女子も鉛めんこを好んでいた[29]

ドイツでは1926年から36年にかけて24,441の中毒事例が発生し、このうち2,699事例について賠償が行われた[28]

日本では、白粉にも鉛白(白鉛)が使用されていた。この時代には、日常的に多量の白粉を使用する役者などに鉛中毒が見られた。政府は1916年に工場法を改正して中毒予防措置を義務化し、1922年には鉛の排除義務や保護具規程を追加したが、実効性は疑問視された。1925年のILO条約加盟のちの内務省調査(1931年)によれば、白鉛取扱者では54%、鉛丹取扱者では28%が発症していた[30]。鉛を使用した白粉の製造は1934年(昭和9年)に禁止された。

1947年に労働省が独立し労働基準法が公布された際には、女子年少者労働基準規則に鉛中毒対策条項が設けられた[31]

日本では1980年代末頃まで、水道管の給水管新規工事に鉛管が使われており[32][33]、その水道水を飲料水に用いた場合は鉛が鉛イオンとして溶け出し、長期間飲むことで体内に鉛が蓄積され鉛中毒になる場合もあった。その後、1995年には水道給水管への鉛の使用は全面的に禁止されており[34]、新しい水道管に鉛管が使われることはない。

一方、民間では鉛を多く含むハンダの使用もあり、鉛をほとんど含まない鉛フリーハンダが開発された。欧州連合 (EU) においては2006年7月1日から、従来の鉛を多く含むハンダの使用を原則として禁止された。

かつて、ガソリンのオクタン価を高めようと鉛化合物をガソリンに混ぜた有鉛ガソリンが広く出回っていた当時には、その危険性を示そうと赤や緑に着色されていた。日本国内においては無鉛化の動きにより、1980年代後半までにすべてが無鉛ガソリンに置き換わり、自動車用有鉛ガソリンの販売・使用は禁止されている。現在ガソリンスタンドで給油できるのは無鉛ガソリンのみである。ただしレシプロエンジンを搭載する航空機用ガソリン (AvGas) では、現在でも有鉛ガソリンが使われている。

ダークチョコレートなどに含まれるカカオは、その製造過程で鉛などの重金属を含み、2023年3月に米国の医学界が警告を発しているが[35][36]ギラデリヴァローナ、マストブラザーズ、タザは比較的問題のないブランドとして掲載されている[37]

ローマ帝国における鉛中毒

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ローマ帝国では水道管に鉛が使われていたため、慢性的に鉛中毒者を発生させて衰退の一因になったという説があるが、それに対する反論もある。

主な理由は2つある。

1つは水道内部に分厚く沈着したカルシウム炭酸塩が鉛管の内側にも付着し、鉛と流水を効果的に隔離したこと。もう1つはローマ水道における鉛管部分はごくわずかに過ぎず、総延長のほとんどは石造だった上、現代と違ってローマの水道には蛇口の栓というものがなく常時垂れ流しだったため、鉛の溶出が問題になるほど長時間に渡って水と鉛が接触することはなかったことである[38]

だが、古代ローマではサパと呼ばれる酢酸鉛を主成分とした甘味料が多く摂取されていたことから、鉛中毒が多く発生したと考えられている。なお、この時代からすでに鉱山などの事例により鉛が健康被害をもたらすということは知られていた。また、古代ローマ人は頻繁にワインを嗜んでいたことから、鉛が多用されたワインの製造器具から醸造過程で多くの鉛が混入してローマ人の健康を蝕んだ可能性も指摘されている。実際、ヘルクラネウムで発掘された古代ローマ人の人骨からは高濃度の鉛が検出され、鉛中毒の被害が疑われた[39]

関連項目

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脚注

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  1. ^ MD, Claire McCarthy (2023年5月1日). “Lead poisoning: What parents should know and do” (英語). Harvard Health. 2023年5月4日閲覧。
  2. ^ 船山信次 『毒の科学 毒と人間のかかわり』 ナツメ社 2013年 p.194-196, ISBN 978-4-8163-5409-0
  3. ^ 山村行夫, 高倉淳, 平山二三夫 ほか、「航空機用燃料タンク清掃作業において発生した四エチル鉛中毒」『産業医学』 1975年 17巻 4号 p.223-235, doi:10.1539/joh1959.17.223
  4. ^ 鉛ハンドブック 改訂第三版 3.人体への影響”. 日本鉱業協会 鉛亜鉛需要開発センター. 2019年8月29日閲覧。
  5. ^ Ye BS, Leung AOW, Wong MH : "The association of environmental toxicants and autism spectrum disorders in children." Environ Pollut 227 : 234-242, 2017, doi:10.1016/j.envpol.2017.04.039.
  6. ^ Rosenfeld CS : "Gut Dysbiosis in Animals Due to Environmental Chemical Exposures." Front Cell Infect Microbiol 7 : 396, 2017, doi:10.3389/fcimb.2017.00396.
  7. ^ 塚原照臣, 金属曝露と神経発達症」『信州医学雑誌』 66巻 2号 2018年 p.157-159, 信州医学会, doi:10.11441/shinshumedj.66.157
  8. ^ 吉井清水、「四エチール鉛中毒屍2例に於ける各重要臟器鉛含有量」『岡山医学会雑誌』 1951年 63巻 2号 p.56-58, doi:10.4044/joma1947.63.2_56
  9. ^ 鉛の毒性に関する知見について
  10. ^ 血中鉛濃度が高いほど問題行動も多い 日経メディカルオンライン 記事:2014年7月22日
  11. ^ 船山信次『毒の化学』ナツメ社
  12. ^ 立川察理 (2005年11月19日). “重金属中毒”. 2007年7月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月18日閲覧。
  13. ^ 瓜生務、北條祥子、貴田晶子 ほか、「子宮内鉛曝露と出生時体重の関連 乳歯切歯エナメル質を用いた評価」『日本衛生学雑誌』 2004年 59巻 4号 p.387-394, doi:10.1265/jjh.59.387
  14. ^ 佐藤慎一, 和田恭則, 山口俊男 ほか、「鉛汚染の高い哺乳子牛に対するエデト酸二ナトリウムカルシウム投与の影響 の静脈注射・点滴]」『日本獣医師会雑誌』 1992年 45巻 1号 p.23-27, doi:10.12935/jvma1951.45.23
  15. ^ 香川順、桜井治彦、土屋健三郎 ほか「鉛貧血におけるCaEDTAの鉛排泄効果」『産業医学』 Vol.15 (1973) No.3 P250-251, doi:10.1539/joh1959.15.250
  16. ^ 道路用塗料:路面標示用塗料 神東塗料株式会社
  17. ^ 佐藤慎一、和田恭則、山口俊男 ほか、「鉛中毒が発生した農場における哺乳子牛の鉛汚染の実態」『日本獣医師会雑誌』 1992年 45巻 1号 p.19-22, doi:10.12935/jvma1951.45.19
  18. ^ 中村賢治、北原照代、垰田和史、「現在も発生する塗装工の鉛中毒」『産業衛生学雑誌』 2015年 57巻 5号 p.241-243, doi:10.1539/sangyoeisei.D14003
  19. ^ 矢田新平, 原広幸, 北野寿 ほか、「陶磁器用絵具による犬・猫の鉛中毒例」『日本獣医師会雑誌』 1994年 47巻 9号 p.687-690, doi:10.12935/jvma1951.47.687
  20. ^ 山田祐也, 迫田寛人, 井上徹 ほか、「インスリン非依存型糖尿病に発症した漢方薬 (珍氏降糖) による鉛中毒」『糖尿病』 Vol.41 (1998) No.10 P.933-936, doi:10.11213/tonyobyo1958.41.933
  21. ^ 藤井猪一郎, 早稲田万大, 鬼塚伸幸 ほか、「ジェンツーペンギンにみられた鉛中毒」『日本獣医師会雑誌』 2008年 61巻 11号 p.889-892, doi:10.12935/jvma1951.61.889
  22. ^ 加藤暢介, 増田良太, 西海昇 ほか、「散弾銃による胸腹部損傷の1例」『日本臨床外科学会雑誌』 2015年 76巻 1号 p.146-149, doi:10.3919/jjsa.76.146
  23. ^ 岡田 芳明 [他]、"鉛銃弾遺残症例の検討--とくに鉛中毒からみて", 外科治療 32(6), p642-644, 1975-06, NAID 40000981327
  24. ^ 林重之、星野洋一、町田守也 ほか、「誤嚥による鉛中毒の1例」『Progress of Digestive Endoscopy』, 2005年 67巻 2号 p.70-71, doi:10.11641/pde.67.2_70
  25. ^ 松村理司、金地研二、小橋良太郎 ほか、「腹痛を呈した鉛中毒の2例」『日本内科学会雑誌』 2002年 91巻 5号 p.1593-1594, doi:10.2169/naika.91.1593
  26. ^ 鳥類の鉛中毒事故の防止について 平成12年1月21日 環境省
  27. ^ 鉛弾の所持の禁止について 北海道
  28. ^ a b 労働省労働基準局労災防止対策部 1967, p. 15.
  29. ^ 日本金属玩具史編纂委員会 1960, p. 83.
  30. ^ 労働省労働基準局労災防止対策部 1967, p. 20.
  31. ^ 労働省労働基準局労災防止対策部 1967, p. 21.
  32. ^ 鉛製給水管布設替えに関する手引き 1 鉛製給水管布設替えに関する手引き 平成24年3月 (PDF) 厚生労働省
  33. ^ 鉛製給水管について 茨城県南水道企業団
  34. ^ 給水管について 東京都水道局
  35. ^ Corliss, Julie (2023年3月1日). “Heavy metals found in popular brands of dark chocolate” (英語). Harvard Health. 2023年5月4日閲覧。
  36. ^ Lead and Cadmium Could Be in Your Dark Chocolate” (英語). Consumer Reports. 2023年5月4日閲覧。
  37. ^ Lead and Cadmium Could Be in Your Dark Chocolate” (英語). Consumer Reports. 2023年5月4日閲覧。
  38. ^ Hodge 1992, p. 308
  39. ^ 金子 史郎『ポンペイの滅んだ日』東洋書林、2001年、pp201-202

参考文献

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