近鉄観光株式会社(きんてつかんこう)は、日本飲食業旅館経営をしていた近鉄グループの会社である。本社は大阪府大阪市天王寺区上之宮町2番14号[1]にあったが、のちに同区上本町六丁目上本町YUFURAに移転した。

近鉄観光株式会社
解散時の近鉄観光本社(上本町YUFURA
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
543-0037
大阪府大阪市天王寺区上本町六丁目5番13号 上本町YUFURA8階
設立 1942年昭和17年)6月
業種 サービス業
代表者 代表取締役社長 金子伸一
資本金 1億円
従業員数 554名(2007年2月現在)
外部リンク www.kintetsu-kankou.com/
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概要

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近鉄沿線内の関西東海地区を中心に日本料理店や中華料理店などの運営、高速道路サービスエリア(近鉄レストラン)やゴルフ場レストランの運営、ホテル旅館の運営、弁当(「グリル近鉄」のブランド名。駅弁も含む)・冷凍麺他の食品製造、近鉄各駅の駅売店事業や、近鉄特急車内販売業務を行っていた。

2002年には車内販売の終了とともに、弁当製造・販売から撤退。駅構内での売店営業も親会社の近畿日本鉄道へ譲渡した。また、2006年には一部の近鉄特急(当初は伊勢志摩ライナー、2021年現在は「しまかぜ」と青の交響曲)で車内販売を復活したが、売店営業・車内販売とも当社は関与せず、近畿日本鉄道から近鉄リテーリングに委託の形を取っている。

2010年9月1日をもって、会社分割によりレストラン事業を近鉄リテールサービスに、旅館事業と高速道路サービスエリア事業は近畿日本鉄道(近鉄グループホールディングス)に譲渡した。譲渡後、これら事業のうち、レストラン事業は「株式会社近鉄レストラン」[2]、旅館事業は「株式会社近鉄旅館システムズ」[3]に運営委託している。サービスエリアは近畿日本鉄道直営となったが、その後近鉄リテールサービス(後に近鉄リテーリングに社名変更)に譲渡している。[4]。 なお旅行業を行う近畿日本ツーリスト(旧近畿交通社)とは歴史的つながりはない。

沿革

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  • 1931年(昭和6年)3月 旭土地建物株式会社を設立する
  • 1942年(昭和17年)
    • 6月 商号を関急産業株式会社(関急=関西急行電鉄・現在の近畿日本鉄道の前身の社名)に変更する
    • 10月 関急ホテルを開業する(現在の百楽本店)
  • 1943年(昭和18年)8月 関急牧場(現在は食品工場)を開業する
  • 1944年(昭和19年)7月 関急興業株式会社を合併し、食堂の1号店の関急食堂を開店する
  • 1947年(昭和22年)5月 駅売店の1号店名張店開店
  • 1951年(昭和26年)2月 近鉄特急で車内販売を開始する
  • 1958年(昭和33年)4月 泉土地建物株式会社を合併する、旅館の1号館富雄の百楽荘を開業する
  • 同年11月 北京料理の1号店である上六百楽を開店する
  • 1961年(昭和36年)10月 参宮商事株式会社を合併する
  • 1962年(昭和37年)12月 有限会社奈良電車営業所を合併
  • 1963年(昭和38年)
    • 4月 近畿日本観光ホテル株式会社を合併し、商号を近鉄観光株式会社に変更する。
    • 10月 岐阜琴塚観光株式会社を合併する
  • 1964年(昭和39年)
    • 4月 山城観光株式会社を合併する
    • 10月 新宮観光株式会社を合併する(新宮城で旅館「二の丸」とケーブルカーを運営)[5][6]
  • 1976年(昭和51年) 新宮城の旅館「二の丸」を3月[5]に、ケーブルカーを8月[6]に和歌山観光株式会社に譲渡
  • 1983年(昭和58年)10月 飲食店営業の一部(60店舗)を近鉄レストラン株式会社に譲渡する
  • 1985年(昭和60年)7月 姫路レストラン・サービス株式会社を吸収合併する
  • 1992年(平成4年)3月 近鉄レストランを吸収合併する。近鉄駅売店の名称を「365」とする
  • 1995年(平成8年)3月 近観フードシステム株式会社を吸収合併する
  • 1999年(平成11年)1月 株式会社東京近鉄食堂(銀座[7])、広島レストラン・サービス株式会社より営業全部を譲受する
  • 2001年(平成13年)1月 株式会社近鉄琴参会館(高松市)より営業全部を譲受する
  • 2002年(平成14年)
    • 3月 近鉄特急の車内販売事業を終了
    • 4月 駅構内における物販事業を近畿日本鉄道に譲渡する(同社が直営するが運営は近鉄リテールサービスに委託)
  • 2010年(平成22年)
    • 9月1日 会社分割によりレストラン事業を近鉄リテールサービスに、サービスエリア事業と旅館事業を近畿日本鉄道に譲渡
    • 12月 会社解散[5]

業態

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近鉄観光時代に運営していた各事業について記載する。

など

注釈

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  1. ^ 社屋跡地は近鉄不動産のマンション「ローレルコート大阪上本町」となった
  2. ^ かつて存在し、近鉄観光に吸収された同名の会社とは別。
  3. ^ 青蓮寺レークホテルを運営している株式会社青蓮寺レークホテルを商号変更(『近畿日本鉄道100年のあゆみ』 p.562 近畿日本鉄道2010年)
  4. ^ 近鉄レストランガイド このサイトについて -2010年11月21日閲覧
  5. ^ a b c 『近畿日本鉄道100年のあゆみ』 p.562 近畿日本鉄道 2010年
  6. ^ a b 和久田康雄『私鉄史ハンドブック』電気車研究会、1993年、p.148
  7. ^ 晴海通り沿いにあった銀座近鉄ビルを使用していたが、売却され現在はグッチのビルとなっている
  8. ^ サービスエリア内レストラン事業は親会社の近畿日本鉄道も5ヵ所で運営(東名高速道路浜名湖サービスエリア名神高速道路大津サービスエリア下り、北陸自動車道尼御前サービスエリア上り、伊勢湾岸自動車道刈谷パーキングエリア下り、香芝サービスエリア上り)

外部リンク

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