谷衛利
日本の江戸時代前期の武士。丹波山家藩2代藩主谷衛政長男で、山家藩世嗣
谷 衛利(たに もりとし)は、江戸時代前期の武士。丹波国山家藩の世嗣。
時代 | 江戸時代前期 |
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生誕 | 慶長19年(1614年) |
死没 | 慶安5年1月12日(1652年2月21日) |
別名 | 甚九郎(通称) |
戒名 | 了然宗廓智長院 |
藩 | 丹波山家藩世嗣 |
氏族 | 谷氏 |
父母 | 谷衛政、山口氏 |
兄弟 |
衛利、衛次、衛則、衛吉、高原仲頼、 猪子某室、東條長矩室、遠山某室、 天野雄正室ら |
妻 | 谷衛成娘 |
子 | 衛広、高城貞胤、油小路隆貞室、谷衛将室 |
略歴
編集慶長19年(1614年)、丹波国山家藩第2代藩主・谷衛政の長男として誕生。
父の衛政の嫡子となるが家督を相続することなく、承応元年(1652年)に39歳で死去。代わって、長男の衛広が衛政の嫡子となった。
父の衛政は兄の衛成が早世したため家督を継いだ経緯がある。衛政は、兄の衛成の娘を家督予定の衛利の正室としている。