祖国と青年
日本協議会・日本青年協議会の機関誌
(祖國と青年から転送)
『祖国と青年』(そこくとせいねん)は、日本協議会・日本青年協議会の機関誌[1]。略称は「祖青(そせい)」。保守・愛国の立場からの提言を行っている。また、天皇・皇后・皇太子が発表したコメントの全文掲載をはじめとして、各宮家を含めた皇室の動静を詳しく紹介している[2]。
生長の家との関係
編集日本協議会も日本青年協議会も、どちらも新興宗教「生長の家」の関連団体である[5]ため、『祖国と青年』の編集者も執筆陣も、「生長の家」関係者が多い[6][7][8]。日本青年協議会・日本協議会会長であり『祖国と青年』主宰の椛島有三は「生長の家」の信徒だった[6][7][8]。
「生長の家」関係の記事が掲載されることが多く、以下はその例のごく一部である。
- 『祖国と青年』1974年5月号には、生長の家政治連合会長の田中忠雄が執筆した記事が掲載された[9]。
- 1974年11月号には、葦津珍彦が同年7月に生長の家大学生合宿で講演した内容に加筆した記事「維新か革命か」が掲載された[8]。
- 1975年2月号には、編集部が執筆した「谷口雅春(生長の家創始者)氏における絶対存在としての天皇」という記事が掲載された[10]。
- 1975年5月号には、谷口雅春が執筆した記事が掲載された[11]。
- 1976年7月号には、田中忠雄や生長の家青年会会長の森田制史が執筆した記事が掲載された[12][13]。
- 1978年5月号には、田中忠雄が執筆した記事が掲載された[14]。
- 1985年8月号には、「追悼 谷口雅春先生」という、田中忠雄らによる谷口雅春への追悼特集記事が掲載された[15]。
編集長
編集過去の編集長
執筆陣
編集脚注
編集- ^ 日本協議会・日本青年協議会 (2023年8月25日). “月刊「祖国と青年」ご紹介”. 日本協議会・日本青年協議会. 2025年2月26日閲覧。
- ^ a b 日本協議会・日本青年協議会 (2024年8月17日). “「祖国と青年」令和6年8月号を発刊しました!”. 日本協議会・日本青年協議会. 2025年2月27日閲覧。
- ^ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月27日閲覧。
- ^ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月27日閲覧。
- ^ 林雅行『天皇を愛する子どもたち : 日の丸教育の現場で』青木書店、1987年3月。
- ^ a b c “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月26日閲覧。
- ^ a b c “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月26日閲覧。
- ^ a b c “日本会議と葦津珍彦”. 2025年2月27日閲覧。
- ^ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月26日閲覧。
- ^ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月26日閲覧。
- ^ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月26日閲覧。
- ^ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月26日閲覧。
- ^ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月26日閲覧。
- ^ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月26日閲覧。
- ^ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年2月26日閲覧。
- ^ 平成25年(第22回)戦歿者追悼平和祈念の集い(広島)|日本会議広島行事案内
- ^ 日本会議の研究 菅野完 2016
- ^ 日本会議広島|11月12日【広島】日本の誇りセミナー「世界秩序崩壊、日本自立への課題」
- ^ 月刊誌「祖国と青年」|日本協議会・日本青年協議会
- ^ 「靖国のこえに耳を澄ませて」打越和子氏講演会|日本会議愛媛県本部
- ^ 打越和子さんてどんな人? 講 師・打越和子さんのご紹介|日本会議愛媛県本部
- ^ 講演『日本は誰と戦ったのか? コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ』講師 江崎道郎先生
- ^ 『噂の真相』97年2月号「従軍慰安婦」記述を巡る教科書批判の文化人旗揚げ部隊裏の陰謀を暴く!(本誌特別取材班)
関連項目
編集外部リンク
編集- 月刊誌「祖国と青年」(日本協議会・日本青年協議会)
- 『祖国と青年』 - 国立国会図書館デジタルコレクション