白井 常信(しらい じょうしん、1944年12月3日 - 2024年1月7日[1])は、日本の元政治家宮崎県生まれ。東京都議会議員を務めた。

しらい じょうしん

白井 常信
生誕 (1944-12-03) 1944年12月3日
日本の旗 宮崎県児湯郡高鍋町
死没 (2024-01-07) 2024年1月7日(79歳没)
出身校 中央大学卒業
職業 東京都中小企業振興事業協同組合・代表理事
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来歴・人物

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生い立ち

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宮崎県児湯郡高鍋町に父・恒春、母・万佐子の次男として生まれる。恒春は、職業軍人(陸軍中佐)としてフィリピンレイテ島へ特攻作戦に従軍したが、1945年に戦死。万佐子の実家がある香川県に転居。高松市立亀阜小学校卒業。紫電中学校に入学したが、母の仕事の都合で東京都文京区立第七中学校(現在の音羽中学校)へ転校。その後東京都立豊島高等学校を卒業。1963年、中央大学に入学し、1968年に卒業。

職歴

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  • 1968年 - 公明党渉外部(後の書記局)就職
  • 1969年 - 国会議員秘書
  • 1975年 - 東京都議会議員選挙に八王子市選挙区より立候補するも、落選
  • 1981年 - 東京都議会議員に当選
    警察、消防、建設、公営企業、環境等の委員長、副委員長を歴任
  • 2001年 - 東京都議会議員を退職
    東京都議会議員待遇者
    帝京大学顧問
  • 2004年 - 東京都中小企業振興事業協同組合・代表理事に就任

主な著書

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  • 土地ファンド必勝法(2006年6月)

脚注

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  1. ^ 白井常信会長 ご逝去のお知らせ”. hachiken.html.xdomain.jp (2024年2月6日). 2024年2月26日閲覧。

外部リンク

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