独学(どくがく、英語: autodidacticism)とは、学ぶにあたって、先達者の指導を仰ぐことなく独力[注釈 1]で目標をたてて習熟しようとする学習方法、能力開発の方法である。英語"self-taught" などとも言う。なお、ここで言う「学び」とは、学問が第一ではあるが、それに限らない。

一般的には自習も同義語だが、使用される場面が異なる[1]。広くは教授行為と切り離された学習のことを自学自習、自習と言い、送付された資料を元に学習者自身の責任で学習が進められる種類の遠隔教育通信教育にもその側面がある[2]

韓国では1990年4月7日に公布された「独学による学位取得に関する法律」により独学者が学位を得る制度ができ、試験等の業務は当初中央教育評価院で行われ後に韓国放送通信大学校に移管された[3][4]

日本における独学の歴史

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近代的な学校制度が導入される明治時代までの日本では、農民商人が学問に目覚めた場合、書物を読み、独学のかたわら同好の士と文通し、師を求めるという学校によらない学習手段が一般的であった[5]国文学賀茂真淵本居宣長は生涯において直接対面したのは松坂の一夜限りであったが、以後、手紙のやりとりで師弟として学問の継承、発展に寄与した。

考古学者の鳥居龍蔵植物学者の牧野富太郎もそうした方法によって研究者になった。彼らは裕福な家庭に生まれたため、学校で立身出世する必要性を感じなかったことも大きい。ついには東京帝国大学を研究の場とした彼らであったが、大学ではすでに学歴が幅を利かせるようになっており、学歴のない者は差別的な扱いに苦しむこととなった[5]

明治時代、東京専門学校(現: 早稲田大学)が『早稲田講義録』を発行し、貧しくて高等教育を受けられない人々に大いに活用された。第二次世界大戦前は中学講義録や英語講義録、電気講義録、囲碁講義録などさまざまな講義録が発行され、中等・高等教育の大衆化に大いに寄与した[6]

著名な独学者

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世に広く知られる独学者を列挙するが、より詳しくは「独学者の一覧英語版」を参照のこと。表記内容は左から順に、人名、独学による職業等、生誕年、各人が主たる就学時期に属していた国家や地域(出生地とは限らない)。

脚注

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注釈

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  1. ^ 独りか複数人かは問題ではない。

出典

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  1. ^ 柏木恭典「『独学』の積極的意味について-ラーメン屋店主の独学と教師の学び-」『千葉経済大学短期大学部研究紀要』第3号、千葉経済大学短期大学部、2007年、39-54頁、ISSN 13498312NAID 110006225531 
  2. ^ 苅谷剛彦、「学習の跳躍 遠隔教育における学習と文化資本の変換」 『教育学研究』 1993年 60巻 3号 p.219-227, doi:10.11555/kyoiku1932.60.219, 日本教育学会
  3. ^ 尹秀一「韓国における独学学位制度の展開」『創価大学別科紀要』第19号、創価大学別科日本語研修課程、2008年、29-51頁、ISSN 09164561NAID 110007144465 
  4. ^ 森利枝「韓国における独学による学位取得制度について」『学位研究』第15号、大学評価・学位授与機構、2001年11月、39-74頁、ISSN 09196099NAID 120005566603 
  5. ^ a b 天野郁夫『学歴の社会史―教育と日本の近代』平凡社平凡社ライブラリー)、2005年1月6日 ISBN 4-582-76526-2ISBN 978-4-582-76526-7。 pp.84-88。
  6. ^ 串間努 (2005年6月2日). “第14回「懐かしき「講義録」の世界」の巻”. まぼろし通販百科. まぼろしチャンネル. 2009年1月23日閲覧。
  7. ^ 貝塚茂樹『孔子』 青版 65、岩波書店岩波新書〉、1951年5月15日。ISBN 4-004-13044-1 , ISBN 978-4-004-13044-4

関連文献

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関連項目

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