清道郡
(清道から転送)
清道郡(チョンドぐん)は、大韓民国慶尚北道の南部にある郡である。郡庁所在地は華陽邑凡谷里。郡の南部は慶尚南道密陽市と境界を接している。
位置 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 청도군 |
漢字: | 淸道郡 |
日本語読み仮名: | せいどうぐん |
片仮名転写: | チョンド=グン |
ローマ字転写 (RR): | Cheongdo-gun |
統計(2023年) | |
面積: | 696.52 km2 |
総人口: | 41,316[1] 人 |
男子人口: | 20,493 人 |
女子人口: | 20,823 人 |
行政 | |
国: | 大韓民国 |
上位自治体: | 慶尚北道 |
下位行政区画: | 2邑7面 |
行政区域分類コード: | 37360 |
清道郡の木: | カキノキ |
清道郡の花: | ツツジ |
清道郡の鳥: | カササギ |
自治体公式サイト: | 清道郡 |
歴史
編集- ~ 297年 - 伊西国
- 297年 - 伊西国が斯蘆(後の統一新羅)に滅亡。伊西郡3城を統合して大城郡を設置
- 757年 - 3つの城(率已山城、駕山城、烏刀山城)を3県(烏岳県、荊山県、蘇山県)に改称。同時に梁山・密陽に分割編入。
- 940年 - 3県を統合して密城郡清道県
- 1010年 - 嶺東道道州
- 1012年 - 慶州府道州
- 1018年 - 嶺東道密陽郡清道県、豊角県
- 1343年 - 清道県を清道郡に改編
- 1366年 - 密陽府清道郡
- 1405年 - 慶尚道清道郡
- 1895年6月23日(旧暦閏5月1日) - 大邱府清道郡 [2]
- 1896年8月4日 - 慶尚北道清道郡 [3]
- 1906年9月24日 - 大邱郡角北面・角県内面・角二同面・角初同面が清道郡に編入。[4]
- 1911年 - 外西面が密陽郡に編入。
- 1914年4月1日 - 郡面併合により、清道郡に以下の面が成立。(10面)[5][6]
道令第2号、府令第111号
道令第2号 旧行政区域 新行政区域 上邑面、次邑面 華陽面 県内面、二同面 豊角面 内西面、初同面 角南面 角北面 角北面 上北面、次北面 伊西面 龍山面、下南面 大城面 中南面、上南面 梅田面 東上面、一位面 終道面 二位面、古弥面 雲門面 中東面 錦川面
行政
編集行政区域
編集邑・面 | 法定里 |
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清道邑 | 高樹里、松邑里、無等里、徳岩里、内里、安仁里、雲山里、釜也里、元井里、亀尾里、月谷里、院里、巨淵里、新道里、上里、平陽里、陰地里、初峴里、楡湖里、内湖里、沙村里 |
華陽邑 | 古坪里、校村里、訥弥里、茶路里、東上里、東川里、凡谷里、三新里、西上里、所羅里、松金里、松北里、新奉里、柳等里、陳羅里、土坪里、合川里 |
豊角面 | 松西里、鳳岐里、県里里、聖谷里、水月里、花山里、金谷里、安山里、黒石里、月奉里、車山里、徳陽里 |
角南面 | 七星里、華里、日谷里、九谷里、礼里里、新堂里、鹿鳴里、沙里、咸博里、玉山里 |
伊西面 | 七葉里、大田里、佳琴里、九羅里、書院里、角渓里、鶴山里、水也里、琴村里、文峀里、古哲里、陽院里、新村里、七谷里、大谷里、八助里、興善里 |
梅田面 | 南陽里、堂湖里、金谷里、東山里、北旨里、龍山里、温幕里、好花里、長淵里、礼田里、内里、紙田里、松元里、亀村里、下坪里、上坪里、館下里、錦川里、徳山里、杜谷里 |
雲門面 | 西芝里、大川里、蓴池里、芳音里、梧津里、新院里、孔岩里、芝村里、鳳下里、亭上里、馬日里、芳旨里 |
錦川面 | 東谷里、四田里、金田里、葛旨里、小川里、芳旨里、林塘里、薪旨里、珀谷里、梧鳳里 |
角北面 | 明大里、牛山里、三坪里、南山里、徳村里、芝瑟里、金川里、梧山里 |
警察
編集消防
編集交通
編集鉄道
編集高速道路
編集- 大邱-釜山高速道路
- 清道サービスエリア - 清道インターチェンジ
バス
編集- 清道共用バスターミナル
- 高速バス(東ソウル行きのみ)市外バスと郡内バス(0、1、2、3、5、7番。0番以外は支線あり。)が出発・到着する。
祭り
編集- 清道闘牛祭り
- 道州文化祭
- 車山農楽
- お月見の積木燃やし
- 陰暦1月15日に月の家(竹で作られた柱に藁などを覆って作る)を焼いて、作物の豊凶を占う。