海野源蔵
海野 源蔵(うみの げんぞう、1898年(明治31年)6月3日[1] - 没年不明)は、日本の金融業者、大阪府多額納税者[2][3][4]、地主・家主[5][6]。
経歴
編集大阪府・海野源太郎の長男[6][7][8][9]。今宮中学校を経て[6]1921年、同志社大学法学部経済科を卒業する[3][5][6]。大阪府庁に入り議事課に勤務し、1924年にこれを辞す[6]。金融業[3][9][10][11]、土地家屋賃貸業を営む[4]。
人物
編集地家主である[5][6]。貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有する[1]。1940年、紺綬褒章を下賜される[9]。趣味は囲碁、撞球、浄瑠璃[6]。宗教は真宗[4][6][9]。住所は大阪府西成郡中津町下三番[12]、大阪市東淀川区中津浜通4丁目[3][4][5][9]。
家族・親族
編集- 海野家
脚注
編集- ^ a b 『全国貴族院多額納税者議員互選人名総覧』大阪府143頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月28日閲覧。
- ^ 『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』9頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月28日閲覧。
- ^ a b c d e 『人事興信録 第11版 上』ウ91頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月28日閲覧。
- ^ a b c d 『人事興信録 第14版 上』ウ62頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月28日閲覧。
- ^ a b c d e 『人事興信録 第10版 上』ウ83頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月28日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 『大大阪発達史 坤』人物編(地家主)56頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年11月8日閲覧。
- ^ a b 『現代人事調査録』37 - 38頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年11月4日閲覧。
- ^ a b c 『人事興信録 第6版』う50頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月28日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i 『人事興信録 第13版 上』ウ66頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月29日閲覧。
- ^ 『日本紳士録 第40版』大阪ウの部42頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月29日閲覧。
- ^ a b 『日本紳士録 第33版』大阪ウの部50頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月28日閲覧。
- ^ 『日本紳士録 第26版』大阪う之部178頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月31日閲覧。
- ^ a b 『人事興信録 第4版』う45 - 46頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月28日閲覧。
- ^ a b c d 『人事興信録 第9版』ウ70頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月28日閲覧。
- ^ a b 『日本紳士録 第18版』大阪うの部225頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月30日閲覧。
- ^ a b 『人事興信録 第12版 下』マ136頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年3月29日閲覧。
参考文献
編集- 交詢社編『日本紳士録 第18版』交詢社、1913年。
- 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
- 人事興信所編『人事興信録 第6版』人事興信所、1921年。
- 交詢社編『日本紳士録 第26版』交詢社、1921年。
- 猪野三郎『現代人事調査録』帝国秘密探偵社ほか、1925年。
- 交詢社編『日本紳士録 第33版』交詢社、1929年。
- 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
- 『全国貴族院多額納税者議員互選人名総覧』銀行信託通信社出版部、1932年。
- 交詢社編『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』交詢社、1933年。
- 人事興信所編『人事興信録 第10版 上』人事興信所、1934年。
- 交詢社編『日本紳士録 第40版』交詢社、1936年。
- 大阪市勢研究会編『大大阪発達史 坤』大阪市勢研究会、1937年。
- 人事興信所編『人事興信録 第11版 上』人事興信所、1937 - 1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版 下』人事興信所、1940年。
- 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
- 人事興信所編『人事興信録 第14版 上』人事興信所、1943年。