橋本金一
橋本 金一(はしもと きんいち、1890年12月5日[1] - 1959年11月18日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(2期)。
橋本金一 はしもと きんいち | |
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生年月日 | 1890年12月5日 |
出生地 | 日本 愛知県名古屋市 |
没年月日 | 1959年11月18日(68歳没) |
所属政党 |
(日本進歩党→) (民主党→) 改進党 |
選挙区 | 旧愛知1区 |
当選回数 | 2回 |
在任期間 | 1947年4月25日 - 1952年8月28日 |
第33代 愛知県会副議長 | |
在任期間 | 1939年10月 - 1943年11月 |
選挙区 | 名古屋市中区選挙区 |
経歴
編集愛知県[2]名古屋市新柳町(現・名古屋市中区)出身[3]。名古屋市議、愛知県議、同副議長となる[2][4]。食品販売業のほか、名古屋青果物商業協同組合、愛知県木製品商工組合、名古屋青果物荷受商業協同組合各理事長ほか、愛知県木製工業(株)、名古屋青果物(株)、大西証券、大金証券各(株)社長などを歴任した[2]。
1946年の第22回衆議院議員総選挙で愛知1区(大選挙区)から日本進歩党公認で立候補するが次点で落選[5]。翌1947年の第23回衆議院議員総選挙において愛知1区から民主党公認で立候補して初当選[6]。1949年の第24回衆議院議員総選挙で再選[6]。この間民主党政調会決算部長、総務委員を務めた[2]。1952年の第25回衆議院議員総選挙では改進党公認で立候補して落選[6]。1953年の第26回衆議院議員総選挙には立候補しなかった。
1959年死去。
脚注
編集参考文献
編集- 『衆議院要覧. 昭和22年12月現在 乙』衆議院事務局、1948年。
- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 『朝日選挙大観』朝日新聞社、1997年。