松浦麻琴
松浦 麻琴(まつうら まこと、1986年(昭和61年)9月9日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。
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基本情報 | ||||
国籍 | 日本 | |||
生年月日 | 1986年9月9日(38歳) | |||
出身地 | 福岡県朝倉市 | |||
ラテン文字 | Makoto Matsuura | |||
身長 | 173cm | |||
体重 | 70kg | |||
血液型 | B型 | |||
選手情報 | ||||
所属 | 福岡ギラソール | |||
愛称 | マコ | |||
役職 | コーチ | |||
ポジション | S | |||
指高 | 226cm | |||
利き手 | 右 | |||
スパイク | 288cm |
来歴
福岡県朝倉市出身[1]。背が高かったので両親に勧められ、中学1年からバレーボールを始める。
2008年、嘉悦大学4年次に大学3冠 (春季リーグ、東日本大学選手権、東西インカレ)に大きく貢献。同大学監督の米山一朋は、「チームの勝敗だけ考えれば松浦はライトで起用した。これからの全日本チームには身長の高いセッターが絶対に必要」と語り、松浦をセッターとして育成した。
2009年4月、日立佐和リヴァーレに入部し、同年7月、ユニバーシアードベオグラード大会に出場した。
2009/10シーズンにはチャレンジリーグ最優秀新人賞を獲得した。
2010年、日立を退団。同年8月、NECレッドロケッツに移籍した[2]。2011年3月、全日本女子チームにメンバー登録され[3]、同年6月モントルーバレーマスターズで国際試合デビューを飾った。
2012年、V・サマーリーグで2連覇を果たした。2012/13Vプレミアリーグではレギュラーラウンド1位の好成績を残した。
2014年、現役引退[4]。現役最後のシーズンは痛みを抱えながらトスを上げていた[5]。
2020年、V.LEAGUE入りを目指す地元のバレーボールチームである福岡春日シーキャッツのコーチに就任[6]。
2021年4月の、チームの大幅な体制変更が起こったのを機に福岡春日シーキャッツを退団し、同じ福岡に設立され、前監督(高尾和行)が監督を務める福岡ギラソールのコーチに就任した[7]。
球歴
- ユニバーシアード代表 - 2009年
- 全日本代表 - 2011年、2013年
受賞歴
所属チーム
- 宮崎日大中学校
- 宮崎日大高校
- 嘉悦大学(2005-2009年)
- 日立佐和リヴァーレ(2009-2010年)
- NECレッドロケッツ(2010-2014年)
脚注
- ^ “松浦麻琴”. Vリーグ機構. 2016年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月10日閲覧。
- ^ 『松浦 麻琴選手の加入について』(プレスリリース)NECレッドロケッツ、2010年8月26日 。2020年9月10日閲覧。
- ^ 2011年度全日本女子バレーボールチーム登録メンバー発表[1] (PDF)
- ^ 『NEC女子バレーボール部 2013年度勇退選手・スタフのお知らせ』(プレスリリース)NECレッドロケッツ、2014年6月2日 。2020年9月10日閲覧。
- ^ 『2013年度勇退選手のメッセージ・贈る言葉 -松浦 麻琴-』(プレスリリース)NECレッドロケッツ、2014年6月4日 。2020年9月10日閲覧。
- ^ “市長の動き(令和2年度7月) → 福岡春日シーキャッツが表敬訪問(令和2年7月21日)”. 春日市 (2020年7月). 2020年9月10日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “コーチ・松浦麻琴”. 福岡ギラソール. 2021年10月14日閲覧。
外部リンク
- Vリーグ機構の旧サイトにおけるプロフィール - ウェイバックマシン(2016年3月4日アーカイブ分)
- NECレッドロケッツにおけるプロフィール - ウェイバックマシン(2013年5月23日アーカイブ分)
- 福岡ギラソール公式プロフィール