東郷 重弘(とうごう しげひろ、生没年不詳)は、永禄元亀天正の頃の薩摩武士。本姓は桓武平氏渋谷氏宗旨日蓮宗氏神紫尾山権現、親大明神[1]通称は佐渡。家紋は桐之頭、桐の葉、鳶の葉

出自

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 明和年間に子孫の東郷実昌(東郷実友の養祖父)が、長男家に行き、先祖について調べにいった結果、重弘について以下の事しか分からなかったという[2]

  • 重弘の家は東郷惣左衛門次男家[3]で、重弘の父は加治木に住んでいた[4]が、重弘の代で鹿児島に移る。
  • 次男の重友が分家した家より、東郷平八郎が出る。
  • 渋谷氏族東郷家嫡家16代目東郷重尚と同時代の人物。
  • 「聖将東郷全傳」では、死亡年不詳ながら、未年6月6日に死去。法名は宗斎居士。墓所は初め日蓮宗八品派本長山正建寺、のち曹洞宗松原山南林寺(現在の鹿児島県鹿児島市南林寺町。明治初年廃仏毀釈で廃寺)に移る。

家族、親族

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子息(2男)

  1. 東郷覚左衛門重尚
  2. 東郷重友

脚注

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  1. ^ 「東郷元帥家一族伝記」では嫡家当主で土穴に入って憤死した東郷重親を祭ったものという。なお、神号は東郷重親の「親」からとったという。
  2. ^ 「東郷元帥家一族伝記」参照
  3. ^ なお、寛文9年に島津綱貴が作らせた家臣の系譜集で「本藩人物誌」の参考文献のひとつである「諸家大概」では東郷惣左衛門を東郷氏嫡家としている。
  4. ^ 加治木出身の東郷氏に薩摩藩日置流弓術開祖の東郷重尚がいるが、この人物と重弘との関係は不詳

参考文献

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関連項目

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