来島新一
来島 新一(きじま しんいち、1887年(明治20年)12月20日[1] - 1949年(昭和24年)3月29日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
来島 新一 | |
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生誕 |
1887年12月20日 日本 山口県 |
死没 | 1949年3月29日(61歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 |
1909年 - 1943年 1943年 - 1945年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
経歴
編集1887年(明治20年)に山口県で生まれた[1]。陸軍士官学校第21期卒業[1]。1936年(昭和11年)8月1日に陸軍歩兵大佐進級と同時に第7師団兵器部長に着任[2]。1937年(昭和12年)11月に琿春駐屯歩兵隊長に転じ[2]、1938年(昭和13年)10月に歩兵第87連隊長に就任した[2]。
1939年(昭和14年)3月9日、陸軍少将進級と同時に第11軍兵器部長に着任[1][2]。1940年(昭和15年)8月に支那派遣軍兵器部長に転じ[1]、1941年(昭和16年)12月に津軽要塞司令官を経て[1]、1943年(昭和18年)2月15日に小樽陸軍軍需輸送統制部長に就任した[1]。3月1日に待命[2]、3月2日に予備役に編入されたが[1]、同年6月15日に兼北方軍司令部附に発令された[3]。1945年(昭和20年)3月31日に山口連隊区司令官兼山口地区司令官に就任した[注釈 1][4]。
脚注
編集注釈
編集- ^ この時の陸軍異動通報では来島の肩書は陸軍少将である
出典
編集参考文献
編集- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。