有機パラジウム化合物
有機パラジウム化合物(ゆうきパラジウムかごうぶつ、英: Organopalladium compound)は有機金属化合物の一種で、パラジウムを含む有機化合物の一群である。パラジウムはアルケンやアルキンを水素で還元する際の触媒に用いられる。このプロセスには、パラジウムと炭素の共有結合の生成が関与している。パラジウムはカスケード反応で示されるように多くのカップリング反応(パラジウム触媒カップリング反応)を触媒する[1]。
有機パラジウムの化学の流れ
編集- 1873年 - ザイツェフがパラジウム触媒下でベンゾフェノンが水素によって還元されることを示した。
- 1894年 - フィリップスが塩化パラジウム(II)がエチレンとの接触によって金属パラジウムに還元されることを報告した[2]。
- 1907年 - ウラジミール・イパティエフによってオートクレーブが開発され、高圧での水素化が可能になった。
- 1956年 - ワッカー法開発により、エチレンと酸素をPdCl2/CuCl2触媒下で反応させてアセトアルデヒドを得ることが可能になった。
- 1957年 - マラテスタ (Malatesta) とアンゴレッタ (Angoletta) によりテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)が報告された。
- 1972年 - ハロゲン化アリールないしはハロゲン化アルケニルとオレフィンをPd(0)触媒下で反応させるヘック反応が発見された。
- 1973年 - 求核置換反応である辻・トロスト反応が発見された。
- 1975年 - 末端アルキンと塩化アリール、塩化ビニルを反応させる薗頭カップリングが発見された。
- 1979年 - 鈴木・宮浦カップリングが発見された。
- 1994年 - Pdを触媒とするC-N結合形成反応であるバックワルド・ハートウィッグアミノ化が発見された。
パラジウム(II)
編集アルケン錯体
編集Ni(II) とは異なり、Pt(II) と同様にPd(II) の塩化物は様々なアルケン錯体をつくる。先にあげたジクロロ(1,5-シクロオクタジエン)パラジウムでは、ジエンが容易に置き換わり望まれた触媒前駆体を合成することができる。工業的にはヒドロキシドがエチレンを求核攻撃してアセトアルデヒドが生成するワッカー酸化が重要である。この反応ではPd(II)-エチレン中間体が生成し、その後にビニルアルコール錯体ができる。フラーレン配位子もPd(II)に配位することができる。
塩基性下ではカルボキシ基はよい脱離基であるため、酢酸パラジウム(II)などが用いられることが多い。例えばトリフルオロ酢酸パラジウムは芳香族の脱炭酸に有効であることが示されている[3]。
アリル錯体
編集パラジウムのアリル錯体の代表例としてπ-アリルパラジウム錯体が挙げられる。脱離基を持ったアリル化合物はパラジウム(II)の塩と反応してハプト数3の遷移金属アリル錯体をつくる。これらの中間体もマロン酸エステルから誘導されるカルバニオン[4]やアリル位アミノ化によって生成したアミンなどの求核剤などと反応する[5]。[6]
アリルパラジウム中間体は辻・トロスト反応やキャロル転位、三枝・伊藤酸化などでも見られる。
パラジウム-炭素σ結合錯体
編集様々な官能基がパラジウムに結合し、安定なσ結合をもつ錯体を形成できる。この結合安定性(結合エネルギー)は以下のような順となっている。
- Pd-アルケニル > Pd-ビニル ≈ Pd-アリール > Pd-アルキル
また、金属と炭素の結合長はこの逆順となっている。
- Pd-アルケニル < Pd-ビニル ≈ Pd-アリール < Pd-アルキル[7]
パラジウム(0)錯体
編集トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム(0)やテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)などは0価の錯体(Pd(0)化合物)と呼ばれる。これらの錯体はハロゲン化アルキル R-Xによって酸化的付加を起こし、R-Pd-XというPd-C結合を持った中間体をつくる。この反応はカップリング反応と呼ばれる様々な反応(パラジウム触媒カップリング反応) の元となっている。以下にその一例である薗頭カップリングを示す。
有機パラジウム(IV)
編集最初の有機パラジウム(IV) 化合物は1986年に報告された。Me3Pd(IV)(I)bpy(bpy = 2配位2,2'-ビピリジン配位子)[8]。この錯体はヨウ化メチルをMe2Pd(II)bpyに酸化的付加させることで合成された。
パラジウム錯体の反応性の高さは、Pd(0) とPd(II) の相互変換が容易であることが原因である。しかしPd(II) とPd(IV) の間での相互変換がどのようにパラジウムを触媒とする有機金属反応に関わっているかは詳しくわかっていない[9]。2000年にヘック反応についてその機構がわかった。この反応はアミンの存在下で1,5-水素シフトが起こっていることがわかっている[10]。
金属環状化合物(メタラサイクル)ができることでヒドリドシフトが起こっていると考察されている。
しかし、関連する反応でヒドリドシフトが起こりつつパラジウムの形式的酸化数が2のままである反応もある:[11]。
またそのほかの反応(2つのPd転位を伴う新しいインドール合成法)で2つの異なる触媒サイクルの間に化学平衡が成立していると考えられる反応もある[12][13]。
脚注
編集- ^ Handbook of Organopalladium Chemistry for Organic Synthesis Ei-Negishi John Wiley (2002) ISBN 0-471-31506-0
- ^ Phillips, F. C. (1894). Am. Chem. J. 16: 255--277.
- ^ Joshua S. Dickstein; Carol A. Mulrooney; Erin M. O'Brien; Barbara J. Morgan; Marisa C. Kozlowski (2007). “Development of a Catalytic Aromatic Decarboxylation Reaction”. Organic Letters 9 (13): 2441–2444. doi:10.1021/ol070749f. PMID 17542594.
- ^ Jan-E. Bäckvall and Jan O. Vågberg (1993). "Stereoselective 1,4-Functionalizations of Conjugated Dienes: cis- and trans-1-Acetoxy-4-(Dicarbomethoxymethyl)-2-Cyclohexene". Organic Syntheses (英語).; Collective Volume, vol. 8, p. 5
- ^ Igor Dubovyk; Iain D. G. Watson; Andrei K. Yudin (2007). “Chasing the Proton Culprit from Palladium-Catalyzed Allylic Amination”. J. Am. Chem. Soc. 129 (46): 14172–14173. doi:10.1021/ja076659n. PMID 17960935.
- ^ 試薬: 亜リン酸トリエチル配位子を使い、ジアザビシクロウンデセン(異性化を引き起こす可能性のあるアミンのプロトンを引き抜く作用があると報告されている)をTHF中で反応させている
- ^ V. P. Ananikov et al., Organometallics, 2005, 24, 715. doi:10.1021/om0490841
- ^ Peter K. Byers; Allan J. Canty; Brian W. Skelton; Allan H. White (1986). “The oxidative addition of lodomethane to [PdMe2(bpy)] and the X-ray structure of the organopalladium(IV) product fac-[PdMe3(bpy)l](bpy = 2,2-bipyridyl)”. Chemical Communications (23): 1722–1724. doi:10.1039/C39860001722.
- ^ Antonio J. Mota & Alain Dedieu (2007). “Through-Space Intramolecular Palladium Rearrangement in Substituted Aryl Complexes: Theoretical Study of the Aryl to Alkylpalladium Migration Process”. Journal of Organic Chemistry 72 (25): 9669–9678. doi:10.1021/jo701701s. PMID 18001098.
- ^ Liansheng Wang; Yi Pan; Xin Jiang; Hongwen Hu (2000). “Palladium catalyzed reaction of α-chloromethylnaphthalene with olefins”. Tetrahedron Letters 41 (5): 725–727. doi:10.1016/S0040-4039(99)02154-1.
- ^ C-H Activation and Palladium Migration within Biaryls under Heck Reaction Conditions Gunter Karig, Maria-Teresa Moon, Nopporn Thasana, and Timothy Gallagher Organic Letters., Vol. 4, No. 18, 2002 3116 doi:10.1021/ol026426v
- ^ Synthesis of Substituted Carbazoles by a Vinylic to Aryl Palladium Migration Involving Domino C-H Activation Processes Jian Zhao and Richard C. Larock Organic Letters., Vol. 7, No. 4, 701 2005 doi:10.1021/ol0474655
- ^ 試薬: ジフェニルアセチレン、酢酸パラジウム(II)、ビス(ジフェニルホスフィノ)メタン(dppm)、ピバル酸のセシウム塩(CsPiv)
- ^ Huang, Qinhua; Fazio, Alessia; Dai, Guangxiu; Campo, Marino A.; Larock, Richard C. (2004). “Pd-Catalyzed Alkyl to Aryl Migration and Cyclization: An Efficient Synthesis of Fused Polycycles via Multiple C−H Activation”. J. Am. Chem. Soc. 126 (24): 7460–7461. doi:10.1021/ja047980y.