志摩市立浜島中学校
三重県の公立中学校
志摩市立浜島中学校(しましりつはまじまちゅうがっこう)は、三重県志摩市浜島町塩屋にある、公立の中学校である。通称は、浜中(はまちゅう)。2009年(平成21年)5月現在の生徒数は146人で志摩市では5番目である[1]。
志摩市立浜島中学校 | |
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遠景 | |
北緯34度18分44秒 東経136度45分26秒 / 北緯34.31217度 東経136.75719度座標: 北緯34度18分44秒 東経136度45分26秒 / 北緯34.31217度 東経136.75719度 | |
過去の名称 | 浜島町立浜島中学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 志摩市 |
校訓 | 質実剛健 |
設立年月日 | 1947年(昭和22年)5月5日 |
創立記念日 | 4月15日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | C124221530015 |
所在地 | 〒517-0402 |
外部リンク | 公式サイト未開設 |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
概要
編集地域の人々とのふれあいを通して開かれた学校にしていくことを目標としている[2]。具体的には文化祭で地元に人を招く「ゲストティーチャー事業」や音楽の授業でNPOによる和太鼓や雅楽の実技体験などを実施している[2]。
校地は海を埋め立てて土地を造成した。
- 敷地面積:18.818m2
- 校舎構造:鉄筋コンクリート造3階建て
- 総事業費:6億1094万円
沿革
編集- 1947年(昭和22年)
- 1948年(昭和23年)
- 1949年(昭和24年)7月26日 - 新校舎上棟式。
- 1950年(昭和25年)
- 1958年(昭和33年)2月21日 - 校歌制定。
- 1959年(昭和34年)9月26日 - 伊勢湾台風の被害を受ける。
- 1963年(昭和38年) - ミルク給食を開始。
- 1970年(昭和45年)11月26日 - 体育館落成。
- 1971年(昭和46年)1月13日 - 学校給食開始。
- 1972年(昭和47年)7月5日 - 土俵完成。
- 1982年(昭和57年)2月15日 - 2代目新校舎入校式。
- 1984年(昭和59年)9月17日 - 体育館改修完了。
- 1986年(昭和61年)7月19日 - 新グラウンド完成。
- 1997年(平成9年)
- 1998年(平成10年)12月10日 - 全国中学生人権作文コンテスト実施に協力したことで、法務省人権擁護局長並びに全国人権擁護委員会連合会長より感謝状を贈られる。(2003年にも同感謝状を受ける。)
施設
編集- 校舎 - 鉄筋コンクリート造3階建て。
- 体育館
- 部室棟
- グラウンド
通学区
編集浜島小学校区と同じである[3]。
校歌
編集- 作詞:武藤和夫
- 作曲:鈴木寛
- 3番まであり、2番に浜島港に浮かぶ矢取島の灯台が登場する。
学校行事
編集この節の加筆が望まれています。 |
部活動
編集ブラスバンド部は、吹奏楽コンクールの大会に志摩市内の文岡中学校・磯部中学校と合同でバンドを結成して出場している[2]。地元の「伊勢えび祭」ではOBらとともにBGMとして演奏を行うなどして祭りを盛り上げている[2]。
進路
編集脚注
編集- ^ 志摩市"志摩市立小中学校再編基本計画"平成21年11月.(2010年11月24日閲覧。)
- ^ a b c d 志摩市市長公室 編(2006):24ページ
- ^ 志摩市教育委員会『通学区・区域外就学 志摩市』(2010年4月19日閲覧。)
参考文献
編集- 志摩市市長公室 編『広報しま 2006年7月号』Vol.37、志摩市市長公室、平成18年7月1日、24pp.
- 浜島町史編さん委員会 編『浜島町史』浜島町教育委員会、平成元年10月1日
- 浜島町史編さん委員会 編『浜島町史 追録 平成元年より』浜島町教育委員会、平成16年9月1日