岩井克人

日本の経済学者 (1947-)

岩井 克人(いわい かつひと、1947年昭和22年〉2月13日 - )は、日本経済学者経済理論理論日本経済)。学位Ph.D.マサチューセッツ工科大学1972年)。国際基督教大学特別招聘教授、東京大学名誉教授公益財団法人東京財団名誉研究員日本学士院会員

岩井 克人
文化功労者顕彰に際して
公表された肖像写真
生誕 (1947-02-13) 1947年2月13日(77歳)
日本の旗 東京都渋谷区
国籍 日本の旗 日本
研究機関 カリフォルニア大学
イェール大学
コウルズ財団
プリンストン大学
ペンシルバニア大学
東京大学
武蔵野大学
セチェニ・イシュトヴァーン大学(ハンガリー)
国際基督教大学
神奈川大学
研究分野 経済理論
理論
日本経済
母校 東京大学経済学部卒業
マサチューセッツ工科大学大学院修了
学位 Ph.D.(マサチューセッツ工科大学・1972年
影響を
受けた人物
ジョン・メイナード・ケインズ
ヨーゼフ・シュンペーター
宇澤弘文
小宮隆太郎
チャリング・クープマンス
ポール・サミュエルソン
ロバート・ソロー
ジェームス・トービン
実績 経済成長モデル
最適経路の研究
マクロ的不均衡動学理論の
体系化
貨幣論の提唱
法人論の提唱
信任論の定式化
受賞 日経・経済図書文化賞特賞
1982年
サントリー学芸賞1993年
小林秀雄賞2003年
M&Aフォーラム賞RECOF賞
2009年
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カリフォルニア大学バークレー校研究員イェール大学経済学部助教授コウルズ財団上席研究員、東京大学経済学部教授、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学大学院経済学研究科長、東京大学経済学部長財団法人東京財団上席研究員、日本学術会議経済学委員会委員長武蔵野大学特任教授を歴任した[1]

東大経済学部卒。マサチューセッツ工科大で経済学の博士号取得。理論経済学を研究し、成果を英文でまとめた『不均衡動学(Disequilibrium Dynamics)』(1981年)を刊行(日本語版は1987年刊『不均衡動学の理論』)、国内外で高く評価された。

文明批評や現代思想など幅広い分野で活躍し、ポスト産業資本主義にあるべき会社の姿を考察した『会社はこれからどうなるのか』(2003年)は、広く話題になった。

概要

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東京都渋谷区出身の経済学者である[2]カリフォルニア大学バークレー校研究員イェール大学経済学部助教授コウルズ財団上席研究員東京大学経済学部教授、東京大学大学院経済学研究科教授などを歴任した[1]。一般的な異時点間効用関数を用いた経済成長モデルの最適経路についての研究で知られており[2][3]ミクロ経済学基礎に基づくマクロ的不均衡動学理論を体系化した。さらに、進化論的なシュンペーター動学理論サーチ理論的基礎に基づく貨幣論や、株式会社が二階建て所有構造から構成されるとする会社論を提唱した[3]。信任関係の統一理論を信任論として定式化した[3]。また、東京大学大学院経済学研究科長、東京大学経済学部長日本学術会議経済学委員会委員長といった要職も務めた[1]2015年の第1094回日本学士院総会において、新たな会員に選定された[2][3]

来歴

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生い立ち

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東京都渋谷区出身[2]1965年東京教育大学附属高等学校卒業した。東京大学に進学すると経済学部にて学び[1]宇澤弘文から指導を受けた[4]1969年6月、東京大学を卒業した[1]アメリカ合衆国に渡り、マサチューセッツ工科大学大学院にて経済学を学び[1]ポール・サミュエルソンロバート・ソローから指導を受けた[5]1972年6月、マサチューセッツ工科大学よりPh.D.学位を取得した[6]

研究者として

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1972年9月から1973年5月にかけて、カリフォルニア大学バークレー校にて経済学部研究員を務めた[1]。1973年6月イェール大学に転じ、経済学部の助教授に就任した[1]1979年8月にイェール大学の助教授を退任し、翌月より1981年5月にかけてコウルズ財団上席研究員を務めた[1]。1981年6月、母校である東京大学に転じ、経済学部の助教授に就任した[1]。そのかたわら、1988年9月から1989年6月にかけて、プリンストン大学のウッドロウ・ウィルソン公共政策大学院の客員准教授ペンシルベニア大学の経済学部の客員教授を兼任した[1]。1989年4月、東京大学の経済学部にて教授に昇任した[1]2001年10月には、東京大学の大学院経済学研究科研究科長と経済学部の学部長に就任し、2003年9月まで務めた[1]2005年10月から2011年9月まで日本学術会議にて第一部の会員を務め、2006年10月からは経済学委員会の委員長も務めた[1]。そのかたわら、1997年4月から10月にかけてシエナ大学の経済政治学部の客員研究員を、2004年4月からは武蔵野大学の客員教授を、2006年4月からは東京財団の上席研究員を、それぞれ兼任した[1]2010年3月、東京大学の教授を退任した[1]。翌月より武蔵野大学の特任教授に就任し、2012年3月まで務めた[1]。そのかたわら、2010年4月より国際基督教大学の客員教授を兼任した[1]2013年4月、東京財団より名誉研究員称号を受けた[1]2015年の第1094回日本学士院総会において、新たな会員に選定された[2][3]

研究

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当初[いつ?]オーソドックスな新古典派経済学の研究で評価されたが、[誰によって?]不均衡動学に関する研究において新古典派批判に転じる[要出典](後に『不均衡動学の理論』として岩波書店より出版された)。同書により、日経・経済図書文化賞特賞を受賞した[7]「ヴェニスの商人の資本論」で日本では知られるようになる。[要出典]1993年「貨幣論」でサントリー学芸賞[8]、2003年「会社はこれからどうなるのか」で小林秀雄賞受賞[9]。「M&A国富論」でM&Aフォーラム賞[10]

人物

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家族・親族

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妻・水村美苗は作家[13]で、著名な作品に『續明暗』『日本語が亡びるとき』などがある。

年譜

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著書

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  • Disequilibrium Dynamics -- A Theoretical Analysis of Inflation and Unemployment、Yale University Press、1981年
  • 『不均衡動学の理論』岩波書店1987年(上記著書の日本語版。ただし煩雑な数式などは削除されている。)

共編著

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主要論文

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脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 「略歴」『Publications in Japanese』岩井克人。
  2. ^ a b c d e 「4人の新会員」『日本学士院 | 4人の新会員 - 毎日新聞毎日新聞社2015年12月14日
  3. ^ a b c d e 「第1部第3分科」『日本学士院会員の選定について | 日本学士院日本学士院
  4. ^ 松林薫「故宇沢弘文氏、公害など社会問題批判――多分野に『門下生』」『故宇沢弘文氏、公害など社会問題批判 多分野に「門下生」  :日本経済新聞日本経済新聞社2014年9月26日
  5. ^ 2016年度文化功労者 岩井克人先生 インタビュー「高度化する資本主義社会では、信頼と倫理により支えられる仕事が増えていく」”. 国際基督教大学 (2016年11月24日). 2019年7月28日閲覧。
  6. ^ [1]
  7. ^ 「日経・経済図書文化賞」受賞図書一覧2015年11月3日、5頁。
  8. ^ 「1993年度政治経済部門」『岩井 克人 『貨幣論』 サントリー学芸賞 サントリー文化財団サントリー文化財団
  9. ^ 「小林秀雄賞」『第二回小林秀雄賞|新潮社新潮社
  10. ^ 「第1回M&Aフォーラム総会第3回M&Aフォーラム賞表彰式」『第3回M&Aフォーラム賞授賞作品表彰式』M&Aフォーラム。
  11. ^ 小林哲夫. “自己主張強めな「筑附」の神童は、大人になってどうなったのか? | 神童は大人になってどうなったのか?”. 文春オンライン. 2020年7月3日閲覧。
  12. ^ 吉本隆明『超「20世紀論」下』アスキー、2000年9月。ISBN 4756135706 p180
  13. ^ 「漱石を追いかけて リレ-対談-7-」水村美苗、岩井克人『文學界』1993年7月号
  14. ^ 大学院経済学研究科・経済学部 岩井克人教授 春の紫綬褒章を受章”. 東京大学 (2007年). 2023年7月2日閲覧。
  15. ^ 日本学士院ホームページ 日本学士院会員の選定について※2015年12月15日閲覧。
  16. ^ “文化勲章に6人決まる 大隅良典氏や草間彌生氏ら”. 朝日新聞. (2016年10月28日). http://www.asahi.com/articles/ASJBT543RJBTUCVL01D.html 2016年10月28日閲覧。 Archived 2020-12-04 at the Wayback Machine.
  17. ^ “文化勲章に7人決まる 川淵三郎氏や野村万作氏ら”. 朝日新聞. (2023年10月21日). https://www.asahi.com/articles/ASRBN53JHRBKUCVL04T.html 2023年10月21日閲覧。 

参考文献

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  • 略歴”. 岩井克人のWebページ. 2013年3月19日閲覧。
  • 人間発見 岩井克人さん 日本経済新聞2013年10月夕刊連載(4回)

関連項目

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外部リンク

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