山口県立田布施農工高等学校

山口県田布施町にある高等学校

山口県立田布施農工高等学校(やまぐちけんりつたぶせのうこうこうとうがっこう)は、山口県熊毛郡田布施町に所在する公立農工高等学校。平成22年4月、田布施農業高校と田布施工業高校が統合して開校した。

山口県立田布施農工高等学校
地図北緯33度57分43.4秒 東経132度2分26.1秒 / 北緯33.962056度 東経132.040583度 / 33.962056; 132.040583座標: 北緯33度57分43.4秒 東経132度2分26.1秒 / 北緯33.962056度 東経132.040583度 / 33.962056; 132.040583
過去の名称 山口県立田布施農業学校
山口県立下松工業高等学校田布施分校
国公私立の別 公立学校
設置者 山口県の旗 山口県
学区 全県一学区
併合学校 山口県立田布施農業高等学校
山口県立田布施工業高等学校
校訓 誠実 創造 勤勉
設立年月日 1935年(田布施農業学校)
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 生物生産科
食品科学科
都市緑地科
機械制御科
学期 3学期制
学校コード D135210000489 ウィキデータを編集
高校コード 35174B
所在地 742-1502
熊毛郡田布施町大字波野195番地 他
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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設置学科

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  • 全日制
    • 生物生産科
    • 食品科学科
    • 都市緑地科(旧:環境土木科)
    • 機械制御科

沿革

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田布施農業学校

  • 1935年(昭和10年)4月 - 山口県立田布施農業学校として開校[1]
  • 1944年(昭和19年)4月 - 農業土木科を設置

田布施農業高等学校

  • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により山口県立田布施農業高等学校に改称、全日制、定時制、男女共学制となる。
    • 5月 - 熊毛郡熊毛町八代に定時制八代分校を開校
    • 6月 - 熊毛郡上関村に定時制上関分校を開校
  • 1950年(昭和25年)4月 - 家庭科を設置
  • 1951年(昭和26年)3月 - 上関分校を熊毛南高校に移管
  • 1956年(昭和31年)4月 - 醸造科を設置
  • 1961年(昭和36年)4月 - 大島郡大島町小松に大島分校を設置開校(全日制園芸科)
  • 1962年(昭和37年)4月 - 醸造科・家庭科の募集を停止し、農芸化学科・生活科を設置、大島分校に生活科を設置
  • 1971年(昭和46年)3月 - 八代分校を廃止
  • 1994年(平成6年)4月 - 農業科・農芸化学科・生活科の募集を停止し、生物生産科・食品科学科・生活科学科を設置、大島分校の生活科の募集を停止し、生活科学科を設置
  • 1997年(平成9年)4月 - 大島分校の園芸科・生活科学科の募集を停止し、園芸生活科を設置
  • 1999年(平成11年)4月 - 農業土木科・生活科学科の募集を停止し、環境土木科を設置
  • 2010年(平成22年)3月 - 大島分校を廃止

田布施工業高等学校

  • 1962年(昭和37年)4月 - 山口県立下松工業高等学校田布施分校を設置。
  • 1984年(昭和59年)4月 - 山口県立田布施工業高等学校として独立。

田布施農工高等学校

  • 2010年(平成22年)4月 - 田布施農業高等学校および田布施工業高等学校の募集を停止、統合し、田布施農工高等学校開校。
  • 2018年(平成30年)4月 ‐ 環境土木科を都市緑地科に学科改編。

有名な卒業生

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  • 松村邦洋お笑いタレント)(田布施農業高校)
  • 河本育之(元プロ野球選手・投手、ロッテ・巨人など)(田布施工業高校)
  • 國木裕介(プロダーツ選手)[2023年日本ランキング6位(PERFECT)](田布施農工高校)

脚注

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  1. ^ 「文部省告示第三百十一號」『官報』第2398号、内閣印刷局、842頁、1934年12月28日。NDLJP:2958875/8 

関連項目

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外部リンク

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