山内豊賢
山内 豊賢(やまうち とよかた)は、江戸時代後期の大名。土佐新田藩4代藩主。3代藩主・山内豊武の長男。
時代 | 江戸時代後期 |
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生誕 | 文化4年2月7日(1807年3月15日) |
死没 | 文久3年2月25日(1863年4月12日) |
官位 | 従五位下遠江守、右兵衛督 |
幕府 | 江戸幕府 |
主君 | 徳川家斉、家慶、家定 |
藩 | 土佐新田藩主 |
氏族 | 山内氏 |
父母 | 父:山内豊武、母:溝口直侯養女(逸見長祥娘) |
兄弟 | 豊賢、豊充 |
妻 | 正室:山内豊道の娘 |
子 | 養子:豊福 |
略歴
編集文政8年(1825年)、父の死去により家督を継ぐ。安政3年(1856年)6月6日、隠居して家督を養嗣子の豊福に譲り、文久3年(1863年)2月25日に57歳で死去した。