安藤仲太郎
明治期の洋画家
安藤 仲太郎(あんどう ちゅうたろう/なかたろう[1][2]、文久元年8月14日(1861年9月18日) - 大正元年(1912年)12月11日)は、明治時代の洋画家。江戸八重洲河岸生まれ。肖像画を得意とした。日本で最初の洋画家・高橋由一の甥で、早くから伯父・高橋由一に洋画を学んだ明治の洋画開拓者の一人である。
略歴
編集- 17、8歳のころ、伯父である高橋由一の画塾「天絵舎」(天絵楼・てんかいろう)に入り、由一に師事。
- 明治22年(1889年)、パリ万国博覧会で佳作賞を受賞。同年、東京府工芸品共進会に『夕干狩の景』を出品する。
- 明治26年(1893年)、シカゴ万国博覧会出品、コロンブス記念世界博覧会に出品のため渡米。
- 明治28年(1895年)、内国勧業博覧会で黒田清輝らとともに審査員に任命される。
- 明治29年(1896年)、黒田清輝らと白馬会を結成し、創立に参加する。
- 明治42年(1909年)、白馬会・第12回展まで出品する。
- 明治44年(1911年)、朝鮮旅行中に李王家に肖像画を依託される。
- 大正元年(1912年)、李王家の肖像画制作中の12月11日死去、52歳。