学力偏差値
学力偏差値(がくりょくへんさち)とは、学力試験の受験者の得点が、受験者全体の中でどの程度高い(低い)位置にいるかを示す偏差値。学力試験の得点分布が正規分布に従うと仮定しており、上位何%にいるかを知ることができる。学力偏差値の指標を使用しているのは、世界で日本のみである。
一般的なテスト・試験では通常、偏差値は25(下位0.62%)から75(上位0.62%)程度の範囲に収まることが多い[1]。しかし、極端な分布では、偏差値が100を超えたりマイナスになることもありえる(例えば、100人が受けたテストで、0点99人で1人だけ100点だった場合、0点99人は偏差値-49、100点1人は偏差値149.5となる[1])。
定義
編集学力偏差値は、統計学に基づいて定義される。標準得点の一種であり、学力試験の得点の分布は正規分布に従うとしたときの、受験者の得点が受験生全体の中でどれくらい高い・低いかを表す指標である。
データを標準化する(平均と標準偏差を一律にする)ことで、満点点数や母集団が異なる試験同士でも一律に比較でき、「個々の学力試験の学習到達度」「受験における合格可能性の判定」に利用される[2][3]。
計算式 | 偏差値 = A × {(得点 − 平均点) / 標準偏差} + B |
日本では「平均を50、標準偏差を10」(すなわち、A = 10, B = 50)にした偏差値であるが、SATやGREではA = 100, B = 500であり、SATSではA = 15, B = 100である[2][3]。
平均偏差値とボーダー偏差値
編集大学受験などにおいて、大手予備校が公表しているものには「平均偏差値」と「ボーダー偏差値」が存在する。どちらも各予備校が模試を受けた受験生に対し、追跡調査を行い「模試の成績」と「各大学の受験結果(合否)」を照らし合わせ算出するが、両者が示すものは全くの別物である[4]。
平均偏差値 | ボーダー偏差値 | |
---|---|---|
意味・用途 | 当該大学合格者の平均学力 (「当該大学合格者」の「前年の模試における偏差値」の平均値) |
合否確率の予想値 (「当該大学の入試」において「合否確率が半々 (50%)」になる偏差値) |
主な使用機関 | 多くの予備校が使用 | 河合塾が使用[5] |
留意・注意点 | 「合格者の平均」であり「入学者の平均」ではない[6] | |
問題点 |
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偏差値操作
編集日本において「各学校の学力偏差値」は単に学校への入学難易度という意味でなく、「偏差値の高い学校=良い学校」という「偏差値の高さ=ブランド」としての意味合いを持つ。受験生が学校を選ぶ指標として「ブランドとしての学力偏差値」が使用される実態があり、多くの学校が「偏差値操作」を行っている実態がある[12]。
- 基本原理
- 「受験予備校が各大学の偏差値比較に用いる偏差値・メディアに掲載される偏差値を『意図的に操作し高くする』こと」である。大学が「複数ある入試回・方式」を用意していても、受験予備校やメディアが注目・掲載するのは「メイン方式」や「偏差値の最高値」のみなので、それらの方式の偏差値を「意図的に上げる」ことで「レベルの高い大学・人気のある大学」と受験生などに認識されることで宣伝になり、大学の価値を上げようとする企みである。
- 合格者数を高いレベルの受験生に絞り込むことで「合格者平均偏差値」においても「ボーダー偏差値」においても、実態より高い数値に操作できる。その「合格者」は、より高いレベルの大学に合格しているため、当該大学には入学しないが、他の方法(メディア掲載や予備校が大学比較に用いない方式)で学生を確保する。対外的に示す「偏差値を出すこと」と「実際の学生確保」を別個に行っている[13][14][15]。
偏差値操作の方法 | 効果 |
---|---|
方法①[12] (入試方式の多様化・複雑化) |
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方法②[12][16] (AO入試や推薦入試の枠の拡大) |
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方法③[12] (付属校からのエスカレーター入学) |
AO入試や推薦入試と同じ理由で、一般入試の倍率を意図的に操作しやすくなる。学生が就職活動を行う際、採用側は付属出身者に対して警戒しており、出身高校をチェックしているケースがある[19]。 |
日本における誕生と歴史
編集学力偏差値導入における都市伝説
編集日本における学力偏差値導入について諸説ある。
経営コンサルタントおよび起業家の大前研一は、安保闘争(学生運動)を経験した当時の政治家から、学力偏差値を導入するよう日本国政府に圧力をかけたのは、在日米軍(アメリカ合衆国連邦政府)と直接伝えられたという[29]。
日米安保条約締結の反対運動によって、繰り広げられた安保闘争が日本の将来を担う大学生中心だったことから、日本全国の大学生は在日米軍の監視対象となったとされ、在日米軍の研究により大学における学力偏差値が高い学生ほど親米派、低偏差値ほど反米派だったことが判明したと言われている[29]。
諸外国でも導入されていない偏差値によって格差と差別を見えやすくして[注釈 3]、日本を今後もアメリカ合衆国への従属(対米従属)する優れた人材を主体とした国家を育成する目的があったとされる[29]。
日本での使用状況
編集現在の日本では、学力偏差値は中学受験、高校受験、大学受験などを含む学力試験で広く用いられている。中学受験では、大手塾は、模試での得点分布を元に、各中学校の「合格可能性80%偏差値」を算出し、公開している[30]。
国公立中学においては、前節で述べた通り、1993年2月の文部省(当時)の通達[28]により、業者テスト(模試)の実施、および生徒の希望や適性を無視し、その学力偏差値によって受験校を決めるのは禁止となっており、実施されていない。
- 森口朗(教育評論家)は、『偏差値は子どもを救う』(森口 1999)で偏差値で学力を測定することの妥当性と限界を示した。
- 桑田昭三(開発者)は、生徒の能力を決めてしまうことにつながりかねないため、開発当初も、啓蒙時も、偏差値は生徒に知らせるべきでないと考えていた。しかし、偏差値は生徒に努力目標を明確にさせるのに便利であり、多くの学校教員は、生徒に自分の偏差値を知らせた。結果、学力偏差値が悪者扱いされてしまったことを、心底残念に思っている[31]。
- 朝比奈一郎(元通産省官僚)は、昭和の後半から平成の時代にかけて顕著だった偏差値教育について、科挙と同じような弊害を日本にもたらしたのではないかと指摘している[32][33]。
海外での使用状況
編集海外では、あまり使われておらず[34]、入試が非常に厳しい台湾、中国、韓国、インドなどでも偏差値は使われていない。桑田は、上級学校に合格することは、海外では自己責任であり、親も子も学校の教員に頼り、教員もそれに応えるのが職務であるかのように思っている国は、日本しかないのではないか、とインタビューで答えている[35]。
- その他の考察
この節には独自研究が含まれているおそれがあります。 |
偏差値の計算に必要な標準偏差は、1860年代後半にフランシス・ゴルトンが考案したといわれている。
GRE, SAT, SATSのように、外国にも類似の指標が存在する。
Lodico, Spaulding & Voegtle 2010は、その著書 "Methods in Educational Research: From Theory to Practice" で「多くの標準的学力測定では、生徒の点数を偏差値 (standard score) として通知する。それにより、生徒の学力を直接比較することが可能となる。」と述べている。
英国の国立教育研究所 (NFER) は、多くのテストで偏差値が使われると指摘した上で、素点でなく偏差値を用いる理由を説明している:「1) 受験者の得点を分かりやすい物差しの上に並べるため、2) [訳注:初等教育において]同じ学年の中で誕生月による影響を補うため、3) 複数の試験の得点を意味のある形で比較したり合計したりするため」[36]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ a b “偏差値とは何?偏差値の意味と求め方・計算方法をわかりやすく解説!”. 栄光の個別ビザビ. 2022年7月1日閲覧。
- ^ a b Lodico, Spaulding & Voegtle 2010
- ^ a b “What are SATS”. SATsguide.co.uk. 2012年5月12日閲覧。 “SATS (Standard Assessment Tests) tests are given at the end of year 2, year 6 and year 9. They are used to show your child's progress compared with other children born in the same month. The mean (average) score for each age group on an assessment is set at 100 and the standard deviation at 15.”
- ^ a b c 河合塾の偏差値はおかしい?特殊な2.5刻みボーダー偏差値に注意! - 大学偏差値テラス
- ^ a b ボーダーラインの設定方法|知っ得!医学部合格の処方箋 知っていますか?〜知識編〜|知っ得!医学部合格の処方箋|医の知の森<近畿地区医学科進学情報センター>|大学受験の予備校・塾 河合塾
- ^ a b 大学偏差値の深い話 詳細情報|尾崎塾 富田教室
- ^ 50%偏差値と合格者平均偏差値の関係シミュレーション|2019年中学受験終了サピックスデータ分析のブログ
- ^ a b 意図的な「高偏差値」にだまされるな! 難関校に見せかける「偏差値操作」に中学受験塾講師が警鐘ALL Aboutニュース R6.6.9
- ^ 「Fランク大学」というネット掲示板の書き込み、名誉毀損にあたるのか? 弁護士ドットコムニュース R6.6.9閲覧
- ^ Fランは就職できないの?元人事がFラン就活事情と成功のポイントを徹底解説! ラクラク就活 2024.6.9閲覧
- ^ 大手企業に内定する“トップFラン大学生”3つの特徴とは?就活戦略ALL About 2-24.6.9閲覧
- ^ a b c d これが大学の偏差値操作の実態、やらせ受験や点数操作・入試方式・付属校拡充など手口は多数 Buzzap!
- ^ a b c 恐ろしい…中学受験で起きている「悪質な偏差値操作」の実態幻冬舎ゴールドオンライン R6.6.9
- ^ 意図的な「高偏差値」にだまされるな! 難関校に見せかける「偏差値操作」に中学受験塾講師が警鐘ALL Aboutニュース R6.6.9
- ^ a b 「偏差値」最高値操作法を『東洋経済』で解説 おおたさん カナガク
- ^ a b 年間5万人 就職できない有名大学 「第3の入学組」の悲劇 AO入試合格組 (週刊現代)|現代ビジネス|講談社(1/4)
- ^ 私大入試の難化の一因…?指定校推薦の「語られざる問題」(田中 圭太郎)|現代ビジネス|講談社(1/4)
- ^ 早慶合格だなんて許せない? 私大のAO・推薦枠増加にモヤっとする人たち|アーバン ライフ メトロ - URBAN LIFE METRO - ULM
- ^ a b c 年間5万人 就職できない有名大学 「第3の入学組」の悲劇 AO入試合格組 (週刊現代)|現代ビジネス|講談社(4/4)
- ^ 年間5万人 就職できない有名大学 「第3の入学組」の悲劇 AO入試合格組 (週刊現代)|現代ビジネス|講談社(2/4)
- ^ a b 年間5万人 就職できない有名大学 「第3の入学組」の悲劇 AO入試合格組 (週刊現代)|現代ビジネス|講談社(3/4)
- ^ 文部科学省が新設大学・学部を調査、私立大学5校に是正意見|大学ジャーナルオンライン
- ^ 年間5万人 就職できない有名大学 「第3の入学組」の悲劇 AO入試合格組 (週刊現代)|現代ビジネス|講談社(4/4)
- ^ a b “なぜ日本は偏差値が嫌いなのに使い続けるのか 考案した元・中学教員が語った“生徒のために作った偏差値が悪者になるまで” (1/3)”. ねとらぼ (2020年3月4日). 2020年3月23日閲覧。
- ^ a b 日本財団図書館(電子図書館) 私はこう考える【教育問題について】 1999年2月6日 毎日新聞朝刊。
- ^ a b “「偏差値」ってそもそも何?マイナスイメージがあるのはなぜ?[高校受験]”. ベネッセ教育情報サイト (2018年10月9日). 2020年3月23日閲覧。
- ^ “なぜ日本は偏差値が嫌いなのに使い続けるのか 考案した元・中学教員が語った“生徒のために作った偏差値が悪者になるまで” (3/3)”. ねとらぼ (2020年3月4日). 2020年3月23日閲覧。
- ^ a b 高等学校入学者選抜について(通知):文部科学省(1993年2月22日)
- ^ a b c “文科省提言「G大学・L大学」は、若者をつぶす (4ページ目)”. PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) (2015年3月30日). 2024年7月8日閲覧。
- ^ “中学受験 首都圏の中学校42校の偏差値を徹底研究”. 中学受験情報局『かしこい塾の使い方』. 2020年10月6日閲覧。
- ^ “「新教育の森」キーワードの軌跡 今週のテーマは・・・偏差値 受験生減少で崩壊か”. 毎日新聞(朝刊). (1999年2月6日)
- ^ 「平成」の30年、なぜ日本はこれほど凋落したのか 変革への対応が得意だった日本人が、この30年、負け続けた理由(3/4) | JBpress (ジェイビープレス)
- ^ 「令和」初頭に高確率でくる日本の苦境を乗り切る道 「過去の国」になりそうな日本が今すぐ打つべき3つの手(4/5) | JBpress (ジェイビープレス)
- ^ “Q. アメリカの高校に留学をしたいと検討していますが、高校の偏差値ってありますか?|高校留学Q&A”. 栄 陽子留学研究所. 2024年9月15日閲覧。 “アメリカには、高校にも、また大学にも、偏差値というものはありません。”
- ^ 偏差値の生みの親・桑田昭三氏へのインタービュー
- ^ “What do test scores mean?”. 2012年5月12日閲覧。 “"1) In order to place test takers' scores on a readily understandable scale"; "2) In educational tests, so that an allowance can be made for the different ages of the pupils"; "3) So that scores from more than one test can be meaningfully compared or added together"”
参考文献
編集- 森口朗『偏差値は子どもを救う』草思社、1999年10月。ISBN 4794209223。
- Lodico, Marguerite G.; Spaulding, Dean T.; Voegtle, Katherine H. (2010). Methods in Educational Research: From Theory to Practice (2nd ed.). John Wiley& Sons. p. 91. ISBN 9780470436806. OCLC 495547194 . "Many standardized measures report student scores as standard scores, allowing a direct comparison of student performance."