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大道寺繁糺
日本の江戸時代中期の武士。陸奥弘前藩家老大道寺直聴の子で、大道寺隼人家(大道寺氏分家)6代当主。家老を勤める
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大道寺 繁糺
(だいどうじ
しげただ
[
要出典
]
)は、
江戸時代
中期の
弘前藩
士。
凡例
大道寺繁糺
時代
江戸時代
中期
生誕
不明
死没
享保
19年(
1734年
)
別名
通称
:宇左衛門
墓所
弘前市
の耕春山
宗徳寺
主君
津軽信寿
藩
陸奥
弘前藩
氏族
大道寺氏(隼人家)
父母
大道寺直聴
子
一経
、
高倉盛宥
室
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略歴
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大道寺直聴
の子として誕生。
享保
13年(
1728年
)に家老になった。後に300石を加増され、1600石の大身になった。
参考文献
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「青森県人名大事典」
[
1
]
1969年、東奥日報社
脚注
編集
^
「
青森県人名大事典
」『東奥日報社/国立国会図書館デジタルコレクション』351–352頁。